■決戦前夜 龍馬

※イベント「咲き残るために」龍馬編 こうだったらいいのになVer.

 おそらくいるだろう、と見当をつけた場所に、彼女はいた。
 目付殿の邸の庭の奥にある小さな池。 邸の主がかけたであろう術により発するほのかな光の中、消え入りそうなほど静かに佇んでいる。 それは幻想的で美しいと同時に、胸が締め付けられるような光景だった。
「── お嬢、ここにいたのかい?」
 わざとザッと大きな足音を立ててから声をかける。 案の定、彼女は慌てたように何かを胸元に隠す仕草をして、ようやく振り返った。
「……龍馬さん」
 たぶん微笑んでいるつもりなんだろう。 けれど笑みには決して見えず、強張った今にも泣き崩れそうな表情をしていることを、彼女は気づいているだろうか。
「……すみません、探させてしまいましたか?」
「いんや、お嬢の顔が見たくなって、俺が勝手に探しただけだぜ」
 にっ、と笑ってみせると、彼女の顔の強張りが幾分和らいだ。
 少し安堵したところで、彼女の肩越しに池の水面が目に入った。 光を帯びているのは池自体ではなく、そこに浮かぶ睡蓮の花。 その花が以前見た時よりも随分と数が少なくなっていることに気づいて、言い知れぬ不安に襲われた。 その瞬間にも一輪の睡蓮の花びらが一枚ほろりと崩れ、小さな光の粒となって空に昇っていく。
 龍馬は思わず彼女の手を掴んでいた。 なぜかこのまま彼女が消えてしまいそうな気がしたからだ。
 彼女は咄嗟に手を引っ込めようとした。
 このまま消えられてたまるか── 以前この場所で彼女の姿を見つけた時の、朧に透けた指先を思い出して、逃がさぬように力を込める。
「なあお嬢、お嬢は俺たちのことを── いや、俺のことをどう思ってんだ?」
 真っ直ぐに彼女の目を見つめながら問いかける。
 瞳を揺らした彼女は、言葉を飲み込んで俯いてしまった。 恥ずかしがっているようには見えなかった。 ただ、もどかしいほどの逡巡がそこにある。 夜が明ければ最後の戦が待っているのだから緊張もしているだろうが、それだけではない戸惑いのようなものが彼女の中にあるように見えた。
「あーすまん、お嬢を困らせたい訳じゃないんだ。 だが、俺は何度でも言うぜ?」
「……っ」
「俺はお嬢が大好きだ。 お嬢は俺の一番大切な人なんだ」
 自分の中にある彼女との思い出を、彼女が全く覚えていないと知った時はがっかりした。 絶望したと言ってもいい。
 それでも彼女に恩を返すため、そばにいられればいいと考えることにした。 そばで笑っていてくれればいいと思うことにした。
 だが、自分の記憶と彼女の記憶がぴたりと一致した今となっては、宣言通り我慢も遠慮もするつもりはない。
 掴んだ彼女の手をそっと引いた。 そのまま彼女の細い身体を抱きすくめる。 腕の中で身を固くして縮こまっている彼女の様子に、少々急ぎ過ぎたか、と自責の苦笑を浮かべるも、解放してやる気にはならなかった。
「── お嬢が心ん中に何かを抱え込んでることはわかってる」
「っ!」
「全部話してくれとは言わん。 けどな、頼ってもらえんのは淋しいもんだぜ?  お嬢はもうちっと人に甘えることを覚えたほうがいい」
「でも……龍馬さんも、他のみんなも、自分のやることがあるのに私の八葉としてついてきてくれています。 これ以上甘えることなんて──」
 ぐっと顎を上げ、真下から見上げてくる彼女の目はどこまでも真っ直ぐだった。 謙虚と言えば聞こえはいいが、何もかも自分ひとり背負いこんで苦しんでいる彼女を見ている周りの者がどれほど辛い思いをしているか、彼女は全然わかっていない。
「いんや、全然足りんぜ。 もっともっと甘えてくれていいんだ」
「でも、これ以上甘えるなんて、どうすれば……」
 ここ最近、体調を崩しがちで色の失せた彼女の頬に、そっと触れた。
 それから額にかかる髪をよけて、そこに唇を押し付ける。 腰に回した腕に、彼女が一層身を固くしたのが伝わってきた。
 再び覗き込んだ彼女の顔は、睡蓮の花が放つあえかな光の中でも判るほど朱に染まっていた。
 そんな素直で可愛らしい反応をずっと眺めていたい気もしたが、龍馬はすっと彼女の後頭部に手を滑らせ、自分の胸に彼女の顔を苦しくない程度に押し付けた。
「── 泣いたっていい。 こうしてりゃ、俺にもお嬢の泣き顔は見えん。 他の奴らだって、遠慮して近づいてこないだろうしな」
「……龍馬さん」
「んで、泣いた後は笑ってくれ、お嬢。 お嬢はほわりと笑った顔が一番可愛いからな!」
「──っ!」
 恥ずかしそうに身を捩る彼女に、思わず笑みがこぼれてしまう。
「── お嬢、明日は絶対勝とうぜ。 強く願い、信じれば── 俺たちは絶対に勝てる」
「…………はい」
 彼女の手が己の背中に回されたのを感じて、龍馬は華奢な彼女の身体をしっかりと抱き締めた。 何があってもこの愛しい娘だけは絶対に守り通してやる、と心の中に誓いながら。

〜おしまい〜

ツイッター診断メーカー3つの恋のお題ったー「龍ゆき」での診断結果より。
『甘えるってどうすればいい?/俺のことどう思ってる?/ただ傍に居てくれたらそれだけで良かった』
ビビッと来たので書いたはいいが、書いてみたらそうでもなかったかも(汗)
燭龍ぷち倒してお嬢とのあははうふふな未来に胸躍らせる龍馬さんと、
明日自分は消えるかもしれなくて一歩踏み出せないゆきちゃんとのギャップ。

【2012/03/31 up】