■子供のように 龍馬

 江戸を巡るあれこれに片がついた後──
 龍馬はこれまで以上に充実した日々を送っていた。
 片がついた、といっても、日本という国が動乱の最中にあることは変わりはない。 この国をひとつに纏め、海の向こうの列強諸国と対等に渡り合える国造りに奔走する毎日である。
 毎日のように行われる会合が終われば、龍馬は脇目も振らず、定宿へと飛んで帰る。 いっそ背中に羽根でも生えて、文字通りに空を飛んで帰ることができたならどんなにいいか。 宿でひとり待ってくれている大切な人のことを想えば、心はすでに彼女の元へと飛んで帰っているに等しかった。

「── お嬢、今帰ったぜ!」
「お帰りなさい、龍馬さん」
 ふんわりと微笑みかけられれば、今日一日の疲れなんて一気に吹っ飛ぶというものだ。
 宿の台所を借りて作ってくれた彼女の手料理を頬張りながら、今日一日の成果を余すところなく話して聞かせる。 龍神の神子として三つの世界を救い、この国から怨霊の恐怖を取り除いてくれた彼女にはその権利があるはずだ。 いつも一人ここに残していく彼女への罪滅ぼしの気持ちも多少あった。
 それに、話しているうちに新しい考えが浮かぶことがあれば、修正しなければならない点に気づくこともある。 笑顔で聞いてくれている彼女が投げかけてくる素朴な疑問に答えることが、龍馬の頭の中をいい具合に整理整頓してくれるのだ。
 当たり前になりつつあったやり取りの中、ゆきが珍しく脈絡もなくクスッと笑った。
「ん?  どうした?  なんか変なこと言っちまったか?」
 いいえ、と彼女は笑いながら首を横に振る。
「なんだか龍馬さん、子どもみたい」
「そ、そりゃないぜ、お嬢……」
 確かに一方的に喋りまくっている自分は大人気なかったかもしれない。 少々肩を落としていると、
「ごめんなさい、違うんです。 『子どもっぽい』っていう意味じゃなくて……ほら、小さい子って、夢中になってることを目をキラキラさせてお話してくれるでしょう?  今の龍馬さん、目がキラキラしてるから──」
 ぽっと頬を赤く染めた彼女が、口元を手で隠すようにして俯いた。 とても素敵です、と小さな声が聞こえてきて、思わず龍馬も赤くなる。
「い、いやぁ、参ったなぁ」
 今があるのも、すべて彼女のおかげ。 幼い頃に出会った『ゆき姉ちゃん』は事あるごとに龍馬の前に姿を現し、重要な助言を残してくれた。 それが今、目の前にいる彼女だ。 感謝してもしきれない恩がある。
 これまでの人生を感慨深く思い出していた龍馬の耳に、再びクスッと笑い声が聞こえてきた。
「なっ……今度は何だ、お嬢?」
「ふふっ、小さい龍馬さんを思い出してしまって……可愛かったなあって」
「勘弁してくれって……お嬢も小さい頃は可愛かったんだろうなぁ」
「そんなことないですよ」
「いや、絶対可愛かったに違いない!  今もこんなに可愛いんだからな。 見られなくて残念だ」
「龍馬さん……」
 ますます赤くなったゆきは、さらに深く俯いてしまう。 そんな姿も愛らしい。
 ふと、龍馬の頭にある考えが浮かんだ。 我知らず、かあっと身体が熱くなってきた。 持っていた茶碗と箸を卓袱台に置いて、心を落ちつけるために大きく息をする。 もぞもぞと座り直すと自然と姿勢が正された。
「なあ、お嬢」
「……はい?」
「お嬢に子が生まれて、それが女の子だったら……きっとお嬢に似て可愛いんだろうな」
 すると、彼女はきょとんとした顔で小首を傾げ、それからふわりと微笑んだ。
「だったら、龍馬さんに男の子が生まれたら、龍馬さんに似てるんでしょうね。 会ってみたいな」
 こんな無邪気な物言いをするということは、どうやら彼女には正確な意味がわかっていないらしい。
 龍馬はすっくと立ち上がると、卓袱台を回り込んで彼女の元へ。 彼女の手から茶碗と箸を取り上げると、その華奢な身体を思いきり抱きしめた。
「── そのうち会えると思うぜ?  俺と……お嬢にもよく似た子に」
 耳元で囁くと、はっと息を飲む音が聞こえた。 それから、はい、と恥ずかしそうな少し震えた小さな声。
 食事時にする話じゃないよなぁ、と内心思いつつ、身を落ちつける家をとにかく早く探そうと決意を新たにし。 龍馬は熱を持った身体を抱きしめながら、近い将来に見られるであろう人数が増えた賑やかな食事風景を想像して、例えようのない幸せが湧き上がってくるのを感じていた。

〜おしまい〜

風花記クリア記念。
天然ゆきちゃんとエロ龍馬さん(笑)

【2012/02/27 up/2012/03/31 拍手お礼より移動】