■コタツ DE ミカン【龍ゆき編】
それは逗留した宿の一室に、たまたま掘りごたつが設えてあったことがきっかけだった。
もの珍しさと、火鉢とは違う暖かさに次第に人が集まってくる。
宿が出してくれた籠いっぱいのミカンは一気に消費され、部屋の中には爽やかな甘酸っぱい香りが充満していた。
「──
どうして『こたつ』には『みかん』なのかな?」
ふと、指先で摘まんだミカンの一房を見つめながら、ゆきが不思議そうに小首を傾げた。
「んー、言われてみれば、コタツとミカンってセットな感じだな──
って、ゆきの家にはコタツなんてなかっただろ?」
怪訝そうな都に、ゆきは頷きながらくすっと笑って、
「でも都のお家のこたつに入れてもらったことあるよ。
あの時も、こたつの上にみかんが山盛りになった籠が置いてあった」
「なるほどな……『コタツとミカン』ってのは、冬の光景として日本人の遺伝子に組み込まれてたりして?」
「……『日本の冬』……ですか?」
二人の少女が昔を懐かしむ横でアーネストがぽつりと漏らした一言から、コタツとミカンのある部屋は一行の中の唯一の外国人である彼への日本文化のレクチャー教室へと変わっていった。
それぞれが自分の生まれた地の風習──
生活様式や冠婚葬祭の話をする。
それはアーネストだけでなく、他の地方出身の者にも珍しい事柄であることも多く、場の賑やかさは増していく。
話は祝い事の宴会の時の出来事へと移り、
「──
でな、酒も入って上機嫌なもんだから、『二人羽織』をやろう、って誰かが言い出してな」
「ににんばおり、ですか?」
龍馬の言葉に、ゆきがきょとんとして首を傾げた。
「ああ、一枚の羽織を二人で着て──
って、やってみたほうが早いか」
龍馬はおもむろに羽織を脱ぎ、ばさっと広げて隣に座るゆきの肩にふわりとかけた。
「袖を通してみな、お嬢。
んでもって、俺の後ろに座る」
「え?
あ、はい」
ゆきは羽織に袖を通し、龍馬の後ろに素直にちょこんと座る。
「で、俺におぶさるみたいにして腕を前に、っと」
「こうですか?」
言われるままにゆきが腕を上げると、龍馬は羽織の襟をひょいと掴んで彼女の頭へすっぽりと被せた。
「あ、あのっ !?」
「おい、坂本っ!」
「まあまあ、見てなって」
止めに入ろうと立ち上がりかけた都を宥め、龍馬はゆきごと羽織を着込んでしまった。
「ひゃあ !?」
突然龍馬の背中にびたんと貼り付けられた上に暗闇の中に閉じ込められてしまったゆきが小さな悲鳴を上げたが、龍馬は気にするどころか上機嫌で羽織の紐をきゅっと結ぶ。
「これでよし──
んで、これを俺に食べさせてくれるか?」
龍馬は剥いたミカンの一房を彼女の右手に持たせてから、羽織の中で腕を組む。
少し背中を丸めて幅を狭め、彼女が動きやすいようにしてやった。
「えっ、これを龍馬さんに…?
あ、えと……」
龍馬の体格には不似合いな細い手が宙を彷徨った。
彼女が摘まむミカンがむにゅっと龍馬の頬に刺さる。
「あー惜しい!」
「もう少し下だね」
「もうちょっと右だって」
「ゆきから見れば左でしょう?」
ミカンは大きく開けた龍馬の口に辿り着くことができずにいる。
「これがな、酒や汁物だと大変なことになるんだぜ」
「……だろうな」
今の状態を見れば、想像するのも馬鹿げているほど解りきったことだ。
と、空いているゆきの左手が龍馬の頬を探るようにそっと撫で始めた。
鼻の頭を掠めてから、指先が口の端に届く。
あっ、と羽織の中から発見の喜びの声がくぐもって聞こえてきた。
そして、ミカンはようやく龍馬の口に無事収まることとなった。
「前が見えないと、手をどう動かしたらいいのかわかりませんね」
羽織をすっぽり被っていたせいで息苦しかったのだろう。
ゆきは少し赤くなった顔で大きく深呼吸してから、羽織を脱いで龍馬に手渡した。
「だからこそ面白いんだけどな」
「はい、なんだか楽しかったです」
にこりと笑うゆきの顔に、龍馬の頬もついつい緩む。
「んじゃ、今度は俺がお嬢に──」
「調子に乗るな坂本ぉぉぉっ !!」
龍馬が頭から被ろうとした羽織を取り上げ投げ捨てた都が、双眸に怒りの炎を灯してトンファーを構えたのだった。
〜おしまい〜
どうにかしてお嬢と触れ合いたい龍馬さん(笑)
【2012/01/26 up/2012/02/27 拍手お礼より移動】