■龍ゆきで五十音【た行】 龍馬

 【Update】「て」(13/01/28)

 【狸寝入り】
「── 龍馬さん、いますか?」
 宿の部屋で転がってうとうとしていると、廊下から聞こえた声に意識が浮上した。
 確かめるまでもなく、この声は彼女のものだ。
「龍馬さん、晩ご飯の時間ですよ」
 答えたいのだが、まだ身体がちゃんと目覚めていないのか、目も開けられず声も出ない。
 今日は怨霊と出くわすことが多くて、戦い通しの一日だったのだ。 宿に戻る頃には彼女も顔色が悪くて疲れた様子だった。 少し休むと言っていたから、今は随分回復したのだろう。
 浄化の力を振るう彼女の方が相当疲れているだろうに、なかなか起きられない自分が情けない。
 と、するすると戸が開く音がした。 足音を忍ばせた気配が近づいてくる。 瞼越しに感じていた仄かな明かりがすっと暗くなった。
「……龍馬さん?」
 思った以上に近くから声がした。 きっとすぐそばに座って、自分の顔を覗き込んでいるに違いない。
「龍馬、さん」
 再び彼女の声で自分の名前が紡がれる。 なんて耳触りのいい声なのだろう。
「……あれ?  いい夢を見てるのかな?」
 どうやら知らず顔が緩んでしまったらしい。
 せっかく彼女がこんなに傍にいてくれているのに、このまま狸寝入りを続けていては可愛い顔を拝めない。 もちろん、わざと寝たふりをしているわけではないのだけれど、もったいないじゃないか。
 無理矢理にゆっくりと瞼を開けると、彼女の顔が真正面に見えた。
「起こしてごめんなさい。 晩ご飯──っ」
 彼女が言葉を飲み込んだのは、ゆうらりと上げた手で彼女の頬を包んだから。
「あ、あの……おはよう、ござい、ます…?」
「ん……おはよう、お嬢」
 この時間の挨拶に『おはよう』は少々変な気もするけれど、こうしているのがなんだか幸せすぎて思わず口元に笑みが浮かぶ。
 すると、僅かな桜色に染まっていた彼女の頬に、一気に鮮やかな朱が差した。 息を飲んだ彼女が勢いよく立ち上がる。 行き場を失った手が、ぱたりと胸の上に落ちてきた。
「あのっ、晩ご飯の時間なので早く来てくださいねっ!」
 ばたばたと慌ただしい足音が遠ざかっていった。
 むくりと身体を起こし、ぽりぽりと頭を掻いた。
 できることなら、平かな世でこうして毎朝彼女に起こしてもらえる日がくるといい── くぅ、と鳴いた腹の虫を撫でながら、皆が待つ広間へ向かった。

(ゆきちゃんは「龍馬さん、きっと寝ぼけてたのよね」とドキドキしてるはず(笑))

 【】

()

 【】

()

 【手】
 すべてに片がついて。
「── よーし、お嬢。 改めて、これからもよろしく、っちゅうことで」
 と右手を差し出した。
 すると彼女は右手ではなく左手を伸ばし、甲の方へとその手を添える。
「ど、どうしたお嬢?」
 『しぇいくはんど』を知らないはずはないのだが。
 出した手は彼女の両手に包み込まれて、ほわりと温かくなった。
「── この手にいつも助けられていたんですね。 ありがとうございます、龍馬さん」
「── ああ、これから先もずっと、な」
 空いた手をその上にそっと重ねた。

(これからは離すことなく)

 【】

()