■龍ゆきで五十音【あ行】
短文修行。
アシュ千が未完遂なままではありますが…(汗)
思い付いた時に書いていこうかと。
長編用のネタ帳になる可能性がなきにしもあらず。
【Update】「う」(11/08/03)
あ 【雨】
「よく降りますね」
「だなぁ、これじゃあちっとも先に進めん」
宿の二階から見下ろすのは傘の花。
こんな天気を好んで出歩く者はほとんどいない。
道に咲くまばらな花は、厚い雲に覆われた暗い空としとしと降り続く雨とが相まって、やけに物悲しい。
「── あ、そうだ!」
「お、お嬢っ !?」
急に立ち上がったゆきは部屋を飛び出し、ばたばたと階段を駆け下りていく。
外に出た様子はないが、追いかけたほうがいいのだろうかと迷ううち戻ってきた彼女の手には、書き損じの紙の束と、数枚の新しい紙。
宿の帳場で貰い受けてきたのだろう。
壁際に寄せてある文机に置くと、書き損じの紙を一枚手に取り、ぐしゃりと丸め始めた。
「おいおい、お嬢……いくら雨で外に出られないからって、紙のつぶて作って投げて遊ぼうってんじゃ──」
「ふふっ、違いますよ、てるてる坊主を作るんです」
くすくすと笑う彼女は、丸めた紙にさらに紙を重ねて丸めていく。
「ああ、なるほどな──
よしっ、じゃあ俺は硯箱を借りてくるとするか」
「すずりばこ?」
きょとんとした顔で小首を傾げる彼女。
「ああ、坊主に顔を描いてやらにゃならんだろ?」
「だめですよ、顔を描いたら余計雨が降っちゃいます」
「そう……なのか?」
「はい、目は涙、口はよだれ、鼻は──」
「わ、わかったわかった!
頼むからみなまで言わんでくれ!」
そして龍馬は文机から紙を一枚取り上げ、くしゃりと丸める。
「── 明日は晴れるといいな」
「そうですね」
顔を見合わせ、微笑み合う。
さっきまで物悲しかった雨の音が、どこか温かく聞こえてきた。
(雨音の中でゆっくりと過ぎていく時間もいい)
い 【】
()
う 【海】
きっかけは、暑いなあ、と龍馬が呟いたことだった。
そうですね、とゆきが龍馬の前にお茶をそっと置く。
買い置きのペットボトルのお茶だ。
「お、ありがとな」
龍馬はアーミージャンバーを脱いで傍らに置くと、お茶に手を伸ばした。
この家の周辺以外砂に覆われたこちらの世界はとても乾燥していて、すぐに喉が乾いてしまうのだ。
空気はからっと乾いていて、真夏ほど汗が滲むわけでもない。
実際、気温はそれほど高くないのだから。
ただ、時空を越える前の向こうの世界が朝晩の冷え込みが厳しくなりつつある季節だったから、身体が寒さに慣れ始めていたのだろう。
相対的に暑く感じてしまうらしい。
「真夏なら、みんなで海水浴とか行ってみたいですね」
「ああ、そりゃいいな。
みんな戦い続きで疲れも溜まってるだろうし、お嬢が身体を休めるにもちょうどいい」
「こっちだと今は無理だから……」
窓の外に目を向けたゆきの目が悲しそうに曇る。
が、すぐに柔らかい笑みを浮かべて、
「夏になったら行けるといいですね、海」
「行けるといい、じゃなくて、行くんだよ。
俺が連れてってやるさ」
はい、と嬉しそうに笑う彼女の顔を見れば、海だろうと温泉だろうと、どこへでも連れて行ってやろうという気になってくる。
「泳いで疲れたら、みんなでスイカ割りとか」
「西瓜割り?」
耳慣れない言葉に龍馬は聞き返す。
こちらの世界と向こうの世界、ずいぶんと文化が違っているせいで、こんなことはしょっちゅうだった。
ソファの隣に座っていた彼女が、ちょっと待っててください、と席を立つ。
とんとんとん、と二階に上がっていく足音を聞きながら、龍馬は残っていたお茶を飲み干した。
すぐに降りてきた彼女の手には一冊のアルバムが抱えられていた。
「前にみんなで海水浴に行った時の写真があるんです」
とアルバムを開いて見せる。
綺麗に整理された写真の中で、目隠しをした小さな男の子が長い棒を振り下ろしていて、その先が見事西瓜に命中していた。
「こうやって目隠しして、みんなが右とか左とか指示するのを聞いて、スイカを割るんですよ」
「へぇ……面白そうだな」
「はい、楽しかったです」
きっと写真は十年近く前に撮られたものなのだろう。
西瓜を割ったのは幼い頃の崇。
その後ろで、小さなゆきが満面の笑みで手を叩いていた。
その可愛らしさに龍馬は思わず微笑んでしまう。
「こっちの世界じゃ海に遊びに行くんだな」
「龍馬さんたちは違うんですか?」
「ああ、俺が知ってる海水浴ってのは、温泉に湯治に行くようなもんだ」
「そうなんですか……いろいろと違うんですね」
「だな」
写真を見ていてふと気付いたのは、そこに写る子供たちがみな肌に張り付いたような奇妙な服を着ていることだった。
「あ、お茶のお代わり持ってきますね」
空のコップを見て、ゆきが台所へと姿を消した。
その間、龍馬はアルバムのページをめくっていく。
こうして幼い頃の思い出を残せるというのはいいもんだ、と少し羨ましいような気持ちで。
と、ページの間にまだ台紙に張っていない写真が挟んであった。
裏が見えていたそれをひっくり返してみて、
「ぐおわっ !?」
バンッと叩きつけるように慌てて写真を伏せる。
龍馬の顔は火が付いたように真っ赤だ。
── こ、これはっ!
み、見てもいいんだろうか !?
伏せたばかりの写真を震える指先でそっと摘まみ上げる。
写真を持つ手は相変わらずふるふると小刻みに震えていた。
「── あ、それは去年の夏に都とプールに行った時の」
「ぬわあっ !?」
いつの間にか台所から戻ってきていたゆきが手元を覗き込んでいた。
思わず龍馬は写真を放り投げてしまった。
「りょ、龍馬さんっ !?」
「── 龍馬」
と、別の方向から声がした。
呆れが混ざった咎めるような冷たい声は瞬のもの。
いつからそこにいたのか、数枚のティッシュを龍馬の上に落とした。
「……さっさと鼻を拭け」
「は…?」
膝の上に散らばったティッシュをまとめて鼻を押さえる。
離してみると、赤い染みがついていた。
「は、鼻血 !?」
「え、大丈夫ですか?」
「い、いや、これはっ、ち、違うんだお嬢っ!」
「あの、少し横になった方が」
「いや、本当に大丈夫だから気にせんでくれっ」
龍馬の足元に落ちた写真の中で、フリルが可愛らしいパステルブルーのビキニ姿のゆきがにっこりと笑っていた。
(あの時代の人にとってはビキニは相当刺激的だろうな、と(笑))
え 【】
()
お 【】
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