■Trial for marriage 【1】
江戸は深川にある両国屋。
かねてよりここを定宿にしていた龍馬の元にゆきが身を寄せてから、かれこれ数ヶ月が経つ。
生まれ育った世界より、大切な人がいる異世界を選んだことを後悔はしていない。
けれど、よりよい日本を創るべく忙しく飛び回っている彼の不在の間は、やはり寂しくもあった。
そんな時、届けられた一通の手紙。
「── ふふっ」
思わず笑みが零れる。
封筒には赤い封蝋、美しく流れるような筆記体で書かれたアルファベットの宛名──
共に戦った仲間、アーネスト・サトウからの手紙だった。
* * * * *
数日後、ゆきは龍馬と共に千鳥ヶ淵の近くにあるイギリス公邸を訪れていた。
アーネストからの手紙には『パークス氏が数日間公邸を留守にするから、その間に二人で遊びに来ませんか?』と書かれてあり。
帰ってきた龍馬に話せば、予定をなんとかやり繰りして一日空けてくれて。
そしてアーネストとの久しぶりの再会を喜び合い、美味しい紅茶とお菓子でもてなされている。
「── ところで、お二人はまだMarriageはなさらないのですか?」
にやり、と笑うアーネスト。
えっ !?、と顔を真っ赤にするゆき。
ん?、と首を傾げる龍馬。
「あ、あのね、アーネストっ、龍馬さんは今忙しいからっ!」
「それは理由にはなりません」
くすくすと笑ったアーネストは、不意に淋しげな真面目顔になった。
「── 私もいつまで日本にいられるかわかりませんから」
「えっ、アーネスト、もしかしてイギリスに帰っちゃうの?」
「いえ、イギリスには帰るつもりはありませんよ。
けれど、命令が下れば、いつどこの国へ赴任することになるかわかりませんから──
見届けておきたいのです」
「アーネスト……」
部屋の中がしんみりとした空気になった。
それを打ち破ったのは龍馬の一言である。
「……なあ、俺には話が見えんのだが。
そもそも『まりっじ』ちゅうのは何のことだ?」
「── ああ、確かに俺も気にはしてたんだ」
『Marriage』の意味を聞いた龍馬は慌てることもなく、逆に真剣に考え込んだ。
ひとつ部屋に暮らすようになってからは実質的に夫婦ではあったけれど、やはりきちんと祝言を挙げたいと思っていた──
ぽつりとそう呟いた。
いつまでも宿暮らしをするわけにもいかないから、二人静かに暮らせる家はないものかと忙しい仕事の合間に物件を探していたらしい。
「龍馬さん……嬉しいです。
でも、無理はしないでくださいね」
「いいや、お嬢のためなら何だってするさ」
優しく微笑み、見つめ合う二人。
「── はいはい、そういうことは私のいないところで存分にやってくださいね」
アーネストの呆れた声で現実に引き戻され、思わず苦笑いする。
「それで……どうでしょう、私にお任せいただけませんか?」
「任せるって、何を?」
「もちろん、お二人の結婚式です」
彼の口振りがまるで何かの外交問題でも扱っているかのように聞こえるのは何故だろう。
「でも、アーネストもお仕事が忙しいでしょう?」
「ええ、今は特に多忙ですよ。
来月、築地に完成する教会のことでいろいろと」
「……教会?」
「江戸を救った龍神の神子が永遠の愛を誓った教会──
いい宣伝になると思ったのですが……」
ゆきは思わず龍馬の方を見た。
彼もまた同時にこちらに視線を寄越し、二人同時に吹き出した。
そして、二人はイギリス外交官の策略にありがたく乗せられることにしたのだった。
* * * * *
その夜。
「── ぬわぁっ !?」
大きな声がして、持っていた急須を取り上げられた。
風呂上がりの龍馬だ。
そろそろ戻ってくる頃かとお茶を入れていたら、うっかりぼんやりしてしまっていたのだ。
湯飲みにはなみなみとお茶が入っていて、溢れた分で卓袱台の上は湖のようになっている。
「あ……ごめんなさいっ」
「やけどしてないな?」
両手を掴まれ、まじまじと点検される。
「大丈夫……です」
ほっと息をついて、傷ひとつない手のひらをそっと撫でてから、龍馬は後始末を始めた。
綺麗になった卓袱台の上に、お茶の入った湯飲みが二つ。
龍馬が入れ直してくれたものだ。
後ろに回り込んでどさりと腰を下ろした彼に、背中からぎゅっと抱き込まれた。
「どうした?
気が進まんなら、断ったっていいんだぜ」
少し不安そうな固い声が全身に響いてくる。
ゆきはありったけの否定を込めて、頭をぶんぶんと振った。
ほっとしたような吐息が聞こえ、頭の天辺に重みがかかる。
彼が顎を乗せてきたのである。
それが逆にゆきの集中力を高めてしまい、更に思考の奥深くへと沈んでいくことになってしまった。
おぼろげに憧れていた教会での結婚式がこちらの世界でできるなんて、とても嬉しいのは間違いない。
浮かれてしまって何も手につかないくらいに。
いや、実際ついさっきまでは浮かれていたのだ。
結婚式をするならば、せっかくの花嫁姿を両親に見てもらいたかった。
大好きな人に嫁ぐ幸せな娘の晴れ姿を見せてあげたかった。
そう思えば、この世界に残るという決断はとても大きなものだったのだと痛感せざるを得ない。
龍馬が風呂へ向かい、部屋に一人になってからずっとそんなことをぐるぐると考えていた。
だったらせめて、この世界のことを知っている家族同然の二人に、もう少し長くこちらに残ってもらうことができていたならよかった。
幼い頃から一緒に育った彼らにも祝福してもらえたなら──
その時。
『── その願い、叶えるよ』
ふいに聞こえてきた声。
耳から聞こえたのではなく、頭の中に直接響いたのだ。
「── えっ?
……白龍?」
『力が満ちて応龍となった今も、神子は私の神子。
私は神子の龍──』
急に動きを止めたゆきを心配した龍馬に肩を揺すぶられようと、顔を覗き込まれようと、ただ一点を見つめたまま懐かしい龍神の声に耳を傾ける。
その表情は、徐々に険しいものになっていった。
そしてしばらくの後。
龍馬の膝の間でくるりと向きを変えたゆきは、彼の手をがしっと握り締め、
「龍馬さんっ!
必ず!
必ず結婚式を挙げましょうね!」
闘志みなぎる瞳で宣言する。
「お、おう!」
反射的に彼女の手を握り返して力強く応えたものの、彼女の闘志の理由がわからなくて、内心首を傾げる龍馬だった。
診断メーカーにて、
『龍ゆきで結婚パロで誘い受けな作品を2時間以内に2RTされたら書(描)きましょう』
というのが出まして。
めでたく(?)2RTいただきましたので、書いてみました(笑)
あ、「誘い受け」はきっぱり忘れてください。
長編ほど長くはなりませんが、しばらくお付き合いくださいませ。
【2012/07/03 up】