■【旅路番外編】スウィートお江戸ライフ♪【7:未来予想図?】
たぶんこれが『一目惚れ』というものなのだろう、と龍馬は結論付けた。
人に話せば笑われてしまうかもしれないが、『惚れた』なんて言葉では片付けられない──
そう、初めて会った瞬間、魂ごと引き寄せられてしまったような。
だから、ずっと一緒にいたいと思ってしまう。
なのに、一緒にいられる機会が巡ってくると、頭がぼーっとして顔がやたら熱くなって、心臓が破裂しそうなほど緊張する。
だからといってこの場から逃げ出したいわけでもなく、ただそばに彼女がいてくれるだけで満足だった。
だが、このままだと退屈した彼女に嫌われてしまうかもしれないという可能性が頭をよぎり、なかなか次の話題の糸口を見つけることができない自分の尻を思い切り蹴り飛ばしてやりたくなった。
千葉家の濡れ縁に彼女と並んで座っていた龍馬はもどかしさに耐え切れなくなって、結った髪がぐちゃぐちゃに乱れるほど盛大に後ろ頭を掻き毟った。
「── あ」
彼女の小さな声にドキリとする。
もしかすると苛立っていると勘違いされたのではないだろうか。
いや、まったく苛立っていないと言えば嘘になるが、それは不甲斐ない自分自身に対する苛立ちだ。
「い、いや、すまんっ!
俺は別に──」
「龍馬さん、羽織を脱いでください」
「ぅえっ !?
ぬ、脱ぐ…… !?」
慌てて弁解しようとしたところを柔らかい笑顔で遮られ、龍馬はしどろもどろになった。
彼女はますます笑みを深めて、
「羽織の脇のところ、破れてるみたいです」
見れば縫い合わせた糸が何かの拍子に切れてしまったのか、羽織の脇の部分がぱっくりと口を開けていた。
頭を掻くのに腕を上げた時に見えてしまったのだ。
くすっと笑った彼女が立ち上がり、部屋の中に入っていく。
戻ってきて元の場所に座った時、その手には針箱があった。
「あまり上手じゃないですけど……」
少し苦笑しながら差し出された手に、龍馬はおずおずと脱いだ羽織を渡した。
彼女は羽織を裏返してほつれた部分を確認すると、針箱の中に収められたいくつかの糸から一番羽織の色に近いものを選び、針に通す。
上手じゃない、と言った割には慣れた手つきでちくちくと縫い合わせ始めた。
── こういうのって、なんか……いいよなぁ。
じーんと胸が温かくなっていくような思いで、龍馬は彼女の手元を食い入るように見つめていた。
「── できました」
縫った部分を指先できゅっとしごいてから糸を止め、糸切り鋏でちょんと糸を切って、針を針山に戻す。
龍馬の目は彼女の流れるような動きにまだ釘付けになっている。
「はい、どうぞ」
「── え、あっ……」
目の前に広げて差し出された自分の羽織。
着せてくれようとしているのだと気づいて、彼女に背中を向ける。
肩にかけられた羽織に袖を通した。
腕を上げてみれば、さっきまでだらしなく開いていた口はしっかりと閉じられていて。
「あ、ありがとな、お嬢!
さすがは女の子だなぁ」
「糸が切れてたところを縫い直しただけですよ。
もし布が破れていたら、私には直せません」
「いや、でも本当に助かった。
破れた羽織を着てるなんざ、武士としてみっともないもんな。
うん、お嬢はいい嫁さんになれるな。
俺が保証するぜ」
「もう、龍馬さんったら……」
彼女が恥ずかしそうに頬を染めた。
はにかんだ笑みを浮かべる様子が嬉しそうに見えて、さっきまで必死に会話のきっかけを探していたのが嘘のように口の滑りが良くなっていた。
「お世辞なんかじゃないぜ?
本心から言ってるんだ。
できれば俺の──」
── うわっ、俺は何を言ってるんだ !?
口の滑りが良くなるのと口を滑らせるのとでは、大きな違いがある。
危うく漏れそうになった言葉を必死に飲み込んだ。
「え?」
「あっ、い、いや、そのっ────
ま、また明日な!」
龍馬は彼女の顔も見ずに千葉家を飛び出した。
── うわぁぁぁぁっ、俺の馬鹿野郎ーっ!
羽織を繕ってもらった礼もきちんと言えず、まともな挨拶もせずに逃げ出した自分を心の中で罵倒しながら、ものすごい勢いで通りを駆け抜ける。
息苦しくなって足を止め、腕をゆっくり持ち上げて羽織の脇を見た。
にやぁ、と口元に笑みが浮かんでいく。
繕い物をする彼女のそばでのんびりと寛ぎ、彼女に羽織を肩にかけてもらう──
そんな日常がいつか訪れるといいなぁ、と龍馬の楽しい想像は尽きることがなかった。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
今回のネタは、こま様より。
「あまり会話が弾まない中、着物のほつれをゆきに直してもらってテンション上がる龍馬」
テンション上がりまくって妄想なう、です(笑)
「いい嫁さん」発言は左之さんみたいだなぁ(汗)
あ、若龍馬さんは羽織袴にポニテ状態の一般的若侍スタイル設定です。
【2011/07/13 up/2011/08/05 拍手より移動】