■【旅路番外編】スウィートお江戸ライフ♪【6:初デート】 龍馬

 江戸の町は行き交う人々で浮かれたように賑わっていた。 決して祭りをやっているとかではなく、いつもこんな感じだ。 土佐とはまるで違う人の多さに最初は驚いた龍馬だったが、最近は人の波を掻い潜って進むのにもずいぶんと慣れてきた。
 浮かれているのは町ばかりではない。 龍馬の心も思いっきり浮かれていた。
 今日は初めて彼女と一緒に江戸の町を歩くからである。
 あまり遅くならないように、としっかり釘を刺されて千葉家を出て、歩くことしばし。 前から歩いてくる男にぶつからないように軽くよけながら、
「それでな、お嬢── お嬢?」
 たった今まで隣にいて、笑いながら話を聞いてくれていた彼女の姿がない。
「お嬢ーっ!」
 応える声はない。 あまりの人の多さにはぐれてしまったか。 龍馬は来た道を引き返した。

*  *  *  *  *

 少し引き返したところにある一軒の店の軒先に、彼女はぽつんと立っていた。
「お嬢!」
 顔を上げた彼女はふっと笑みを浮かべる。
「見つかってよかった、お嬢。 いやあ、急に姿が見えなくなったから驚いたぜ」
 すると彼女は一瞬複雑な表情をして、また笑みを浮かべた。
「ごめんなさい、ちょっとだけ足を止めてお店の中を見てしまったの。 そうしたら龍馬さんとはぐれてしまって……」
「この店に目を引くもんでもあったのかい?」
「ええ……でも、もう十分見たから」
「そうかい……寄りたい店があったら、遠慮なく言ってくれよ」
「はい、そうします」
 そう言って微笑んだ彼女と、再び並んで歩き出す。
 彼女は何に興味を持ったのだろうか、と気になって、龍馬は肩越しに店を振り返る。 店の前に『米屋』と染め抜かれた暖簾がかけられていた。
 龍馬は首を捻りながらも、もしかするとお使いでも頼まれているのかもしれない、と考えつつその場を後にした。

*  *  *  *  *

 そして再び。
「── らしいんだ。 お嬢は── お嬢っ !?」
 またも彼女の姿がない。
 人にぶつかりながら必死に彼女を探し、四つ辻の角にひっそりと立つ姿をやっと見つけた。
「── お嬢!」
 俯いていた彼女は顔を上げ、一瞬泣きそうな表情の後、笑顔を見せた。
「ごめんなさい、またはぐれてしまいました」
「いや、俺も不注意だった。 江戸は人が多いからなぁ、次ははぐれないように気をつける」
「……はい」

*  *  *  *  *

「── でな、お嬢……って、またかぁっ !?」
 その場でぐるりと回って周囲を見回しても、彼女の姿はない。
 はぐれないよう気をつける、と約束したのはついさっきのことなのに。
 人が多すぎるのが悪いのか、自分が話に夢中になってしまうのが悪いのか。
 どっちも悪い!と決めつけて、三度彼女を探しに向かおうとしたその時、後ろから袖をくいっと引っ張られた。
「っ !?」
「── よかった……やっと追いついた……」
 袖をぎゅっと掴み、苦しそうに息をしている彼女を見て、龍馬は初めて気が付いた。
 袴姿の自分は、彼女の一歩の何倍もの歩幅で歩くことができるのだから、もちろん歩く速さもずいぶんと違って当たり前。 彼女がはぐれたのではなく、自分が彼女を置いていってしまっていたのだ。
「すすすすまんっ、お嬢!  俺が歩くのが速すぎたんだよな!  ほんとに悪かった!  その……俺は今まで女性と並んで歩くなんてことがなかったから、気づきもしなかったんだ!  すまん、許してくれ!」
 往来のど真ん中、通り過ぎる人々に好奇の目でじろじろ見られながら、龍馬は何度も頭を下げる。 『思いやりのない人なんてキライ!』なんて言われでもしたらどうしよう、とオロオロする龍馬に、周囲の目を気にする余裕など全くなかった。
「じゃあ……」
 腕をぐいっと引っ張られた。
「……あれで許します」
 彼女の指差す先に見えたのは甘味処。
「おおっ、何でも好きなもん食ってくれ!」
 甘味くらいで怒りを収めてもらえるのなら、全財産はたいたって安いものだ。

*  *  *  *  *

 二人並んで腰かけ、あんみつを食べ── 確か彼女はあんみつを二人分注文したと思うが、頭の中がてんやわんやな龍馬は味を覚えていなかった── さて、次に行こうと店を出る。
 が、四度同じ過ちを繰り返すことは絶対にできない。
 はぐれないためには手でも繋いでおけばいいのだが…… 改まって『手をつなごう』なんて照れくさくて言い出せない。
 と。
「あの、龍馬さん」
「な、なんだい?」
「またはぐれたら困るから、龍馬さんの袖を持っていていいですか?」
「お、おうっ!  袖でも袴でも、好きなとこ掴んでてくれ!」
「ふふっ、袴だと歩きにくくなっちゃうから、袖でいいですよ」
「そ、そうかい?  ……んじゃ、行くか」
「はい」
 そして相変わらず人通りの多い往来へ。 いつもの何倍もゆっくりした速さで足を進める。 時折くいっと袖が引かれて見下ろすと、こちらを見上げてくる彼女がにっこりと笑ってくれた。
 彼女がしっかりと袖を掴んでいることを何度も確認して。 もしもその手が離れてしまったら、同じことの繰り返しになってしまう。
 次に町に誘う時は、最初から手を繋いでいよう。 思いっきり勇気を出して、手を差し伸べるのだ。
 その時は、絶対に放すもんか、と固く決意する。 手を繋いでさえいれば、自分から放さない限り、はぐれることはないのだから。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 今回のネタ提供神子様は、こま様。
 『一緒にお出かけ中、女の子速度に慣れてなくて先に進んでしまう龍馬。
  追いついたゆきに袖を掴まれてドキドキしつつ平謝り』
 ……になってますか?
 十年前妄想は、どんな話を書いても、その後の別れを思うと切なくなりますね(汗)

【2011/06/22 up/2011/07/13 拍手より移動】