■【旅路番外編】スウィートお江戸ライフ♪【4:大失態】 龍馬

 ガタンっ!
 開け放たれた引き戸にぶつかるようにしてどうにか身体を支え、倒れ込むように外に出た。 力が入らずおぼつかない足で、壁を頼りに目的地を目指す。
 しかし、龍馬は目的の場所まであと数歩のところで力尽き、派手な音を立てて地に伏した。
「── 何の音……?」
 聞こえた声に龍馬がこっそり口元を緩ませていると、カラコロと下駄の鳴る音が近づいてきた。
「……龍馬さん…?  龍馬さんっ!  どうしたんですかっ !?」
 ぐいっと抱き起こされるまま身体が仰向けになる。 頭の位置が高くなった。 目を閉じているからよくわからないが、多分今頭の下には彼女の膝がある。
 薄く目を開けると、心配そうに上から覗き込んでくる彼女の顔が見えて、自分の予想は正しかったと龍馬は確信した。 彼女が介抱してくれるなら、と、ちょっと甘えてみたくなった。
「何があったの !?  どこか怪我してるんですか !?」
「お嬢……俺は、もう……駄目だ」
「そんな……いやっ……龍馬さんがいなくなってしまったら、私── お願い、死なないでっ!」
 大きな瞳からぽろぽろと大粒の涙が溢れ出し、ついには両手で顔を覆って泣きじゃくり始めた彼女。 龍馬はぎょっとして目を見開いた。
『大丈夫ですか、龍馬さん。 このまましばらく休んでいてくださいね』
 そんな展開を期待していただけだというのに。 思ってもいない彼女の反応に、柔らかな膝枕の感触を楽しもうなんて煩悩はすっかり吹き飛んでしまっていた。
 急いでがばっと起き上がり、彼女の震える肩をがしりと掴む。
「す、すまんっ!  お嬢を泣かせるつもりはこれっぽっちもなかったんだ!」
「え……?」
 ゆるゆると上げられた彼女の顔はぐっしょりと涙に濡れていて。 余りの申し訳なさで、心臓を刀で串刺しにされたように胸が痛んだ。
「それじゃあ……」
「ほれ、この通り!」
 彼女と向かい合わせに座り込んだまま、両腕を大きく振り回して見せる。
「どこも怪我なんかしちゃいないぜ。 ただ、今日はちっとばかし稽古がきつくてな。 へとへとにくたびれてただけなんだ」
「…………よかった」
 はぁ、と大きな溜息を吐いてかくんと項垂れた彼女の身体がぐらりと大きく傾ぐ。 龍馬は慌てて支えた。
「ほんとにすまん。 お嬢が駆けつけてくれたのが嬉しくて── ちょっとした冗談のつもりだったんだ」
「…………いで」
 俯いたままの彼女から聞こえてきたのは、いつになく暗く沈んだ声。 あまりに声が小さすぎて聞き取れない。
「ん?」
「お願いだから……冗談でも『俺はもう駄目だ』なんて言わないでください!」
 肩に置いた龍馬の手を振り払うようにして立ち上がった彼女は、顔も見せないまま千葉家の勝手場に飛び込んでいった。
「お、お嬢っ !?」
 どうやら龍馬は完全に彼女の機嫌を損ねてしまったらしい。

 ここは千葉家の勝手場の外にある井戸のそば。 からからに乾いた喉を潤そうとなんとかここまで辿り着いたのだが、厳しい稽古でぐらぐらする足がここで力尽きた。
 ただそれだけのことだというのに、どうして彼女があそこまで取り乱したのかはよくわからない。
 泣かせてしまったのは申し訳なかったけれど、それほどまでに彼女が自分の身を案じてくれたことがやけに嬉しかった。
 へにゃりとだらしなく緩む顔が、はっと悲愴な面持ちになる。
「── うぅ、どうやって仲直りするかなぁ……」
 身体が疲れきっていることも忘れ、龍馬は必死に頭を悩ませるのだった。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 今回のネタ提供神子様は、ばと様。
 『元の時間軸(十年後)を思い出させることを言ってしまい、
  涙するゆきを見ておろおろする龍馬』
 ゆきちゃんが泣くほどのこと、と言ったら、やはり龍馬さんの死ではないかと。
 せいぜい頑張ってご機嫌取りするといいよ、龍馬さん(笑)

【2011/06/07 up/2011/06/13 拍手より移動】