■【旅路番外編】スウィートお江戸ライフ♪【3:独占欲】
その日、龍馬が道場に入ると、稽古前の緩んだ空気の中に一部分だけ熱のこもった集団を見つけた。
兄弟子たちが白熱した討論を交わしている。
剣の腕を磨くべく集まった者たち、いかに腕を上げるかについて語り合っているのかと思いきや──
「── 女は控えめで楚々としているのがやっぱりいいよな」
「いや、少しくらい気が強いのもありだと思うぜ」
なんだ、女の話か──
話に加わる気も失せる。
そのまま横を通り過ぎようとすると、おい坂本、と呼び止められた。
「なあ、お前はどっちだ?」
「……どっち、と言うと…?」
「先生んとこのお嬢さんだよ。
お前はさなさん派か?
それとも、ゆきさん派か?」
「はあっ !?」
お前ら、お嬢をそういう目で見てたのかっ !?
文句を言おうとして、はたと我に返る。
自分こそ彼女を『そういう目』で見ているじゃないか。
いやいや『そういう』というのが『どういう』なのかはよくわからないが、彼女を一人の女性として見ている自覚は十分にあった。
「だよなー、やっぱりお前も選べないよなぁ」
言葉に詰まった龍馬を見て、兄弟子の一人がニタリと笑う。
「── っ !?」
「どっちも美人だしなぁ」
「俺、いっぺんに二人から迫られたらどうしよう!
選ぶ自信がねえよ」
「安心しろよ。
そんなこと、天地がひっくり返っても起こりっこねえから」
わはは、と爆笑が起きた。
直後、道場に師範が入ってくると同時に、下卑た空気はぴりりとした緊張感に取って代わられた。
* * * * *
あれから数日、龍馬は母屋へ足を運ぶことができずにいた。
もちろん彼女には会いたい。
けれど、先日の兄弟子たちの会話に自分の汚れた心を見透かされたような気がして、彼女に会わせる顔がなかったのだ。
稽古が終わった後も、龍馬は一人、道場に残っていた。
邪念を振り払うように、一心不乱に木刀を振る。
だが、ふと彼女のことが脳裏をよぎると、途端に集中が切れた。
このまま闇雲に続けてもせっかく教わった型を崩してしまいそうで、今日の稽古は切り上げることにした。
自主練習を初めてまだ四半刻も経っていなかった。
道具を片付け、重い足取りで道場を出る。
「── 向こうの通りにできた甘味処の団子は絶品だと聞きましたよ」
「いや、それならこの先に古くからある店のあんみつは天下一品だ」
「それよりその店の隣の小間物屋には可愛い櫛やらかんざしやらが置いてあるよ」
内容としては女性が好んで話題にしそうなものではあるが、いかんせんそれは男の口から漏れた声である。
見れば千葉の母屋へ続く門の前に兄弟子たちが屯していた。
何を軟弱な会話をしているのかと思えば、
「── そうなんですか?」
聞こえてきたのは鈴を転がすような可愛らしい声。
そう、彼女が兄弟子たちに囲まれているのだ。
「お団子もあんみつも好きですよ。
櫛やかんざしはあまり使わないけど……見てみるのは楽しそう」
「だったら今度一緒に団子を食べに行きませんか!」
「いや俺とあんみつを!」
「ぜひ僕と小間物屋へ!」
ぎりり、と噛んだ奥歯が軋んだ。
楽しげな集団から離れようと踵を返した拍子に、腰に差した大小の鞘が触れ合って、かつん、と音を立ててしまった。
「あ、龍馬さん!」
兄弟子たちを掻き分け、彼女が駆け寄ってくる。
久しぶりに彼女に会えて嬉しいが、今はできれば会いたくなかった。
「……やあ、お嬢」
「あの、龍馬さん、これから何か用事がありますか?」
「い、いや、特には……」
すると彼女はぱあっと明るい笑みを浮かべ、
「あの、お届け物のおつかいを頼まれたので、一緒に行ってくれませんか?」
「え……」
兄弟子たちが『なんで坂本に』などとぶつくさ呟く声が耳に届いてくる。
だからというわけでもないのだが、
「な、なんで……俺に……?」
咄嗟に口から出たのはそんな疑問だった。
「だって……龍馬さん、会いに来てくれなかったから……」
拗ねたように目を逸らしながらそんなことを言われれば、自分の勝手で彼女を避けてしまっていたことが大罪のように思えてきた。
自分が彼女のことを特別に思っているのと同じように、彼女もまた自分を特別だと思ってくれているといい。
「私……何か龍馬さんを怒らせるようなこと、しましたか…?
だったら謝り──」
「いや、違う!
お嬢は断じて悪くない!」
悪いのは自分の醜い独占欲。
彼女の話題が他人の口から出ることも、彼女の目が他の誰かに向けられることも許せないなんて狭量な心が招いた軽率な行動が、彼女をこんなにも悲しませていたなんて。
「── すまん、お嬢!
許してくれ、この通り!」
ぱちん、と手を合わせながら、深く頭を下げた。
「あの……本当に怒っていませんか?」
「怒ってるもんか。
怒られなきゃならんのは俺の方だ」
「じゃあ……一緒に行ってくれますか?」
ふわり、と彼女が笑う。
心の中が、ほんわりと温かくなった。
「ああ、もちろん」
しっかりと頷いて、龍馬は彼女と並んで通りを歩き出す。
「あ、そうだ。
帰りに美味しいものでも食べてきなさい、って、お小遣いいただいたんです。
ちょうど今、美味しい甘味屋さんを教えてもらったから、寄ってもいいですか?」
「いいぜ、お詫びに俺がおごる。
いや、おごらせてくれ、お嬢」
「ふふっ、ありがとうございます。
じゃあついでに小間物屋さんにも寄りたいんですけど」
「もちろんお供するぜ」
後ろから『なんで坂本と』と嘆きの声が聞こえてきて、龍馬はちょっとした優越感に浸る。
それよりも、隣に彼女がいるというだけでこの世界がとてつもなく素晴らしいものに思えてきて、龍馬の足取りは空に浮かぶ雲よりも軽くなった。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
今回のネタ提供神子様は、コジ様とばと様。
『道場の他の生徒さんと仲良くしゃべってるゆきちゃんをみて龍馬さんモヤモヤ』
『門下生がゆきの噂をしているのを聞いて機嫌が悪くなる龍馬。怒らせたかと勘違いするゆき』
という同じ系統のシチュだったので、失礼ながら合体させてしまいました。
時系列的には相当初期の頃だと思われます。
そのうちみんな、暗黙の了解でカップル視するだろうしね(笑)
【2011/05/31 up/2011/06/07 拍手より移動】