■赤の情景
【お題】キスの詰め合わせ(by 恋したくなるお題さま)/06 指切りの代わりにキス
天鳥船がいざなうまま、熊野の地へと赴いた千尋たち。
新たな獣の神の加護を受けるべく、割れた土器の代わりを風早が焼くことになった。
焼き上がるまでに七日。
その間特にすることもなく、千尋は天鳥船に戻り、堅庭から外を眺めていた。
爽やかな秋風に吹かれながら、ふぅ、と小さく溜息が零れた。
次々に押し寄せてくる出来事に押し潰されそうな恐怖。
やるべきことはたくさんあるのにひとり空回りしていて置いて行かれているような焦燥。
先の見えない戦いの日々。
澄みきった高い空の下、赤く色づいたトンボがすぃっと通り過ぎていった。
伸びやかに自由に空を飛ぶトンボが少し羨ましい。
「ふぅ……」
またも溜息は溢れてくる。
「── こんなところで溜息ついてちゃだめだぜ、姫さん」
「え…?」
振り返ると同時に鮮やかな緋色が目に飛び込んできて、千尋は思わず目を細めた。
「サザキ……」
「外はいい天気なのに、姫さんの顔だけ曇り空だな」
大柄な身体を折り曲げて目の高さを合わせたサザキが、ニッと悪戯っぽい笑みを浮かべ、千尋の頬をちょんちょんと指先でつつく。
ふわっと広がった焔色の翼を埋め尽くす羽根が風にひらひらと揺れていた。
「い、いやだな、そんな風に見えた? 大丈夫だよ、心配させたならごめんね」
「なんだなんだ、水くさいな。試しに話してみろよ。金以外、面倒ごと厄介ごと以外なら相談に乗る」
ぐいっと身体を伸ばして腕組みをすると、任せろ、と言わんばかりに大仰にひとつ頷いてみせる。
そんなサザキの仕草に、千尋は思わず微笑んでいた。
こうやって人を気遣えるからこそ、彼は部下たちに慕われているのだろう。
なんとなく、身体に無駄に入っていた力がすっと軽くなったような気がした。
気付けばもやもやする胸の内を言葉に乗せていた。
うんうん、と頷きながら千尋の話を聞いていたサザキは、
「── よし、そういうことなら……」
予告なしにひょいっと千尋を抱き上げた。
「きゃっ !? さ、サザキっ !?」
「どうせ土器ができるまではやるこたぁねぇんだ、今日は姫さんの休暇ってことにしようぜ」
「えっ、で、でもっ」
「いいから黙って掴まってな」
バサリと広げた翼に力を込める。同時に、とん、と地を蹴れば、ふわりと身体が宙に浮いた。
さっき赤トンボを見て羨ましいと思ったのは、無意識に彼の持つ赤い翼を思い浮かべたのかもしれないと千尋はふと思った。
* * * * *
しばしの空中散歩を楽しんだ後、降り立ったのは広い草原だった。
ススキの穂が風に揺れ、次の春の準備を始めた草たちが緑から茶色に色を変えつつある中、秋咲きの薄紫の花が所々に彩りを添えている。
今が春ならば瑞々しい緑の中に色とりどりの花が咲き乱れ、きっと美しいに違いない。
少し乾燥し始めた草の上に並んで腰を下ろし、彼の手製のお菓子を頬張りながらいろんな話をした。
異世界の『遠足』について語り。
二人してまだ見ぬ海の向こうの大陸に思いを馳せ。
今が戦の最中ということを忘れてしまいそうになるほどに優しく流れる時間。
柔らかな日差しと程よい満腹感につい眠気が襲ってくる。
思わず浮かんでくるあくびを噛み殺そうと、隣に座るサザキに見られないよう顔を逸らしつつ俯けた時、
「あ……」
そこに赤い羽根が見えた。
サザキの背から伸びた翼が、千尋の背を守り、包み込むように大きく広げられていたのだ。
今の千尋にとって、彼の翼は自由の象徴。
そして、自由な空を知る翼がもたらしているのであろう彼の大らかさに惹かれている。
胸に感じるのはほんわりとした温かさ。
千尋はあくびをするのも忘れ、風に揺れる赤い羽根を見つめていた。
── 不安も心配事もなく、こんな時間を過ごせたら。早く戦いを終わらせて……そう、春までには──
抱えていた膝をぎゅっと抱きしめ、広い空を見上げ。
「── 春になったらまた来ようね」
一瞬驚いたように目を見開いたサザキは、千尋の顔に浮かぶ柔らかな笑みを見て嬉しそうに目を細め、
「ああ、そうだな」
彼女が見つめる青い空を振り仰いだ。
「── そ、そうだ!」
空に茜色が混じり始め、そろそろ船へ戻ろうと腰を上げた時、突然サザキが不自然に声を張り上げた。
ん?、と千尋が小首を傾げつつ彼を見やると、
「阿蘇にもこことおんなじような草っ原があるんだけどな、春になると一面花だらけでそりゃもう見事なもんだ。あの景色、姫さんにも見せてやりてぇなぁ」
まるで発表会で披露する劇の練習をする小学生のような棒読み口調。
背の高い彼が顔を逸らしているから表情は見えないが、耳の辺りがうっすら赤く染まって見えるのは決して夕焼けのせいではなくて。
千尋はなんだか嬉しくなり思わず破顔して、
「うん、見てみたいな……じゃあ、約束ね」
小指を立てた右手をすっと彼の前に差し出した。
するとサザキはきょとんとしたような困ったような顔で彼女の手と顔とをしばし見比べている。
もしかすると『指切り』はこの世界にはないのかもしれない、と思った千尋が説明しようと口を開きかけた時、
サザキが意を決したように彼女のほっそりした手を自分の大きな手で包み込み、ほんの少し引き寄せた。
彼女の方へ素早く身体を屈め、すぐに起き上がる。
カーテンのように千尋の顔の両側にふわりと下りてきた彼の焔色の髪が、するりと肩を撫でていった。
「っ !?」
一瞬だったけれど確かに彼の唇が触れた額をばっと手で押さえた千尋の顔は、今の空の色を写し取ったような茜色。
驚いて声も出ない様子で口をパクパクさせている彼女に、
「約束、な。忘れんなよ、姫さん」
サザキは輝く太陽のような晴れやかな笑みを向けた。
「わ、わ、忘れるわけないでしょっ! サザキこそ忘れないでよっ!」
「おう♪ んじゃ、ぼちぼち帰るか」
掴まれたままだった手は握り直され、そのまま引っ張られるようにしてそれほど遠くない天鳥船へ向けて歩き出す。
ふと肩越しに振り返った草原は夕日に照らされ赤く輝いていた。
いつも夕焼け空を見ると不安でいたたまれなくなっていたのに、繋がれた大きな手を感じながら見ると、とても穏やかで温かい風景に思えてくる。
それになんだかドキドキして、胸が躍るような。
夕焼けの赤が好きになれそうだ、と千尋は繋いだ手に少し力を込めた。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
むはー、苦しかった。
元々書いてたエンディング後の話がにっちもさっちもいかないほどに頓挫してしまいまして。
結局ゲーム中イベント改ざん捏造ネタに(汗)
けどやっぱりぐだぐだに(泣)
ラストの締め方もワンパターンだし(号泣)
あの世界に指切りっていう風習(?)がないのは柊イベで判明してるので、
サザキが指切りを知らないことにすると柊の天秤は傾いてないってことになるな。
そしてこの後、デバガメってた官人が神邑に戻って狭井君にチクって、
狭井君は超激怒すんだろうな(笑)
それにしてもこのサザキさん、策士の計算なのか、純情男の天然なのか。
どっちにしてもデコチューしかできないところがうちのサイトでのサザキクオリティ(笑)
【2008/09/17 up】