■りべんじ

【お題】キスの詰め合わせ(by 恋したくなるお題さま)/04 キスがその答え
※「ふいうち」の続きです。そちらから先にお読みください。

「はぁぁぁぁぁ……」
 聞いた者まで憂鬱になりそうな深い溜息を吐いたのは、日向の海賊の頭領・サザキ。
 四国での宝探しの旅を終え、次の航海までの短い休息に仲間たちは各々帰る場所へと散っている。
 出航前は陽気な海の男たちの楽しげな談笑や、彼らが翼を持つ民であるがゆえ必ず聞こえる羽音で賑やかだったこの小さな海辺の家は、今はしんと静まり返っていた。 家の裏にある木の枝で羽根を休めてさえずる小鳥の声や、寄せては返す微かな波の音まではっきりと聞こえるほどに。
「はあぁぁぁぁ……」
 再びの溜息。
 窓際に椅子を寄せ、枠に頬杖をついてぼんやりと外を眺める彼の顔は憔悴の色が濃い。
 四国の宝が期待外れだったから、ではなく。
 原因は、奥の台所から朝食のいい匂いと共に聞こえてくる楽しそうな鼻歌の主だった。

 出航前のどんちゃん騒ぎの最中、酔いつぶれてしまった彼女。
 抱き上げて部屋に連れて行った彼女からの嬉しい言葉と頬への口付け。
 身構える暇もなく、まさに不意打ち。
 ヨッパライの戯言、と言ってしまえばそれまでだが、酔っているからこそ表面化する本心もある。
 『大切な可愛い姫さん』だと思い込もうとしていた彼女は、完全に『大切な愛しい女』へと変貌を遂げてしまったのだ。
 ところが。
 サザキが一歩先へ進もうとした矢先、今思えば二人の関係の進展を期待するかのようにちらほらと垣間見えていた彼女の『女の艶』はすっかり鳴りを潜め、 天真爛漫純真無垢な少女へと逆戻りしてしまったのである。
 機が熟すのをもう少し待つか。
 もしくは強引に『そういう』雰囲気へ持っていくか。
 彼の悩みは尽きない。
 ここ数日で飼い始めた目の下のクマは、日に日に成長していくのだった。

*  *  *  *  *

 一方、千尋はすっかり吹っ切っていた。
 みんなの前で酔いつぶれる、という失態を見せてしまったものの、目覚めは悪くなかった。
 ふわふわして、あったかくて、とても幸せな夢を見ていた気がする。
 目が覚めた時には憑き物が落ちたかのように、ずっと抱えていたもやもやが晴れていたのだ。
 彼女の結論──
 『好きな人の傍にいつもいられるなんて、とても幸せなことなんだよね』
 家の中を掃除し、彼のために食事を作って一緒に食べ、時には連れ立って散歩をする。
 あの戦いの日々を思えばこんな何気ない幸せがあるだけで十分だ、というところに至ったのである。
 しかし、航海から戻って以来、今度は彼の方が何か思い悩んでいるようだった。
 旅先で何かあっただろうか?と考えてみても心当たりはない。
 金銀財宝かと期待して掘り返したお宝は、なまくら刀や陶器の欠片ばかりのガラクタだったけれど、そんなことは過去に何度もあったはず。
 日に日に濃くなっていく目の下のクマに、千尋は彼の健康が心配になってきていた。

*  *  *  *  *

「サザキ〜、お茶淹れたよ〜」
 家を建てた時に余った材木で作ってもらった丸い卓袱台の上に、ことりと湯飲みを置く。
 ほわほわと湯気を立てるお茶は、彼女の保護者・風早から直伝の豆茶である。
「………おー」
 彼のここ最近の定位置となった窓際から返ってくる弱々しい声。
 しばらくして、のそのそとやってきたサザキは卓袱台を挟んで彼女の向かい側、置かれた湯飲みの前にドサリと腰を下ろした。
 湯飲みを掴むと、ずずっとお茶をすする。彼女とは目を合わせないまま。
 ここ最近、彼はずっとこんな調子だった。
 やはり目の下にクマが浮き、心なしか顔色も悪いように見える。
 千尋は意を決したように腰を上げ、膝立ちのまま卓袱台を迂回してサザキの傍まで移動すると、ぺたんと腰を下ろして床に手をつき、彼の顔を覗き込んだ。
「のわっ !?」
 よほど慌てたのか、サザキは落としそうになってしまった湯飲みをお手玉のようにして何とか受け止めて卓袱台の上にゴトンと置き、 彼女が座っているのとは逆側の胡坐の足の上に肘をついて顎を乗せ、拗ねた子供のようにそっぽを向いてしまった。
「ねえ、サザキ」
「なっ……なんだよ」
 顎を乗せた手の指先が口元を覆っているせいで、もごもごと不明瞭な声。
 実は、彼女が急に近づいてきてふわりといい香りがしたので、今のサザキは心臓バクバク、耳まで赤く染まっているのだが、彼を心配する余り千尋はそれに気づいていない。
「もしかして、身体の調子が悪いの?」
「わ……悪かねぇよ、オレは頑丈なのが取り得だからな」
「じゃあ、何か悩み事?」
「っ!」
 ギクリ。
 大きな翼の羽根の一本一本にまで緊張が走る。
 あんたにどうやって手を出そうかと悩んでます、なんて言えるはずもなく。
 至近距離の彼女からのいい香りと、心から気遣ってくれているとわかる声が、さらにサザキを追い詰めた。
「いや、悩みっつーか……もうとっくに答えは出てんだけどな」
 ボソボソと呟くと、
「ふふっ、サザキって考える前に動いちゃうタイプの人だと思ってたけど、悩むこともあるんだね」
「へ……?」
 クスクスと笑い始めた彼女に思わず顔を向ける。
 千尋は床についていた手を離して居ずまいを正すと、
「答えが出てるなら、後は実行あるのみじゃない。私に手伝えることがあったら言って。協力するわ」
「いや…その…なんつーか……あんた抜きじゃどうしようもないっつーか……」
「そうなの? だったら聞かせて? サザキが出した答え」
 正座した足の上に両手を重ね、包み込むような柔らかな笑みを浮かべている千尋。
「……いいんだな?」
「うん、もちろん」
「……後悔、しないな?」
「悩みを解決しないままで抱えてるほうが後悔しちゃうよ?」
「……よし」
 サザキはスーハーと大きく深呼吸をひとつ、コクリと小さく喉を鳴らすと、千尋の方へすっと腕を伸ばした。
 彼女の頭の後ろに手を当てて、ガバッと大きく身を乗り出す。
「これがオレの答えだ」
 二人の距離がなくなる寸前に口早にそう呟き。
「── !?」
 大きく目を見開いた彼女は正座のままカチンコチンに固まって。
 彼の思いの丈をぶつけるような熱く長い口付けは、彼女が心臓が爆発しそうなほどのドキドキと酸欠とで目を回してしまうまで続いたのだった。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 「ふいうち」その後。
 もう続きません、この後は年齢制限ものでしょうから(笑)
 お題をざっと見て、「ふいうち」とセットで浮かんでいたネタ。
 自分で書いておいてなんだけど……
 いやー、サザキかわいいなー(笑)

【2008/09/02 up】