■サザキの赤い羽根

 これでもかと押し寄せてきた辛い出来事も何とか掻い潜り、戦いの日々も終わりを告げ。
 サザキは意気揚々と阿蘇へと戻った。
 もちろん、手に入れた『お宝』を携えて。
 そして、『お宝』── 中つ国の二ノ姫であり、王となるはずだった葦原千尋と共に戻った故郷の村へと腰を落ち着け、のんびりと平和な日々を過ごしていた。

 そんなある日、空へ飛び立とうと自慢の翼を広げた時、なんとなく感じた違和感。
 気になってしげしげと見回してみると── 付け根の辺りの小さく柔らかい羽根がごっそりと抜け落ちて地肌が見えている。
 大きさとしては現代の貨幣の1円玉くらいのもので、羽ばたくのにこれといって支障はないのだが。
 日向の一族が持つ背中の翼は髪の毛と同じで、体調によって羽根の艶が鈍くなったり、あれこれストレスを抱えていたりすると羽根が抜け落ちてしまうこともある。
「……あー、やっぱいろいろ心痛があんのかな、オレ……」
 そりゃそうだろう。
 一国の姫を、姫本人の積極的な同意があったとはいえ掻っ攫っていったのである。完全に要人誘拐の大罪でお尋ね者になってしまったのだ。
 本人同士はいたってのん気に『そんなもん知ったこっちゃねぇ』といった感じで気にも留めず日々を楽しんでいる── つもりだったのだが。
 むき出しになった地肌を指でそっと撫で、ふぅ、と溜息を吐いた。

 その日の午後、サザキはもはや日課となった空の散歩を楽しんでいた。
 その腕には掌中の珠、千尋を大切に抱えて。
 以前初めて彼女と空を飛んだ時、彼女はただおとなしく抱えられているだけだった。
 が、今ではそのすんなりと細い腕はしっかりとサザキの首に回されていて。
 そんな小さな変化だけでもサザキは嬉しくて仕方ない。
 阿蘇の深い森の上をゆったりと飛んでいると、ふと、目の端に何かが動くのが見えた。
 視線を動かすと、ごく至近距離にある千尋の胸元で見慣れぬ紐のようなものが風にたなびいている。
「なぁ姫さん、その紐、首飾りか?」
 装飾品に不自由はさせていないはず。
 どこで手に入れたのか── いや、誰かにもらったのか?
 内心ムカッときているのを必死に堪え、茶化すような口調で尋ねてみる。
「えっ、あ、これ?」
 千尋は紐に指を引っ掛け、すっと引っ張った。胸元から姿を現したのは──
「うおっ、それって──」
「うん、サザキと初めて出会った時に拾った羽根だよ」
 小さなブーケのような羽根の束。
 淡い色合いの小さな羽根の中から一際鮮やかな朱の羽根が誇らしげに伸びている。
 束ねられた根元は肌を傷つけないようになめした革が巻かれ、同じ皮を細く切って編み上げた紐がそこから伸びて千尋の首に回されていた。
「村の職人さんにお願いして、首飾りにしてもらったの」
「そ、そっか…」
「だって……大切な想い出の、羽根、だか…ら……」
 だんだん小さくなる声と反比例して千尋の顔の赤さが増していき、顎が胸につくほど深く俯いて。
 ── っかーっ! メチャクチャ可愛いこと言ってくれるじゃねぇかっ!
 感極まったサザキは思わず腕に力を込めて千尋をむぎゅーっと抱きしめた。
「うわっ、サ、サザキっ! く、苦しいっ!」
「あ、悪ぃ悪ぃ」
 でろんでろんに蕩けきった顔のサザキは、ほんの少し腕を緩めただけで、文句を言う千尋にお構いなしに阿蘇の空を悠然と飛び続けた。

 空中散歩を堪能した二人はふわりと地上に降り立って。
 サザキは千尋の胸元で揺れる赤い羽根を掬い上げ、感慨深げに眺める。
 ── はて、赤い羽根を飾るこの小さな羽根たちは…?
「なあ千尋、この小さい羽根はどうしたんだ?」
「うん、赤い羽根一枚だとなんだか寂しいし、村のあちこちに落ちてる羽根を拾い集めてっていうのもなんか違う気がするし──」
 いやーな予感がしてきた。
 ふと脳裏に過ぎるのは、翼にぽっかりとできていた1円ハゲ。
「だから、サザキが寝てる間に、翼からちょっともらっちゃった♥」
「なっ…なっ……それなら起きてる時にオレに言えっ! ハゲができるほど勝手に抜くなっ!」
「……ごめんなさい」
 しゅんとして俯いてしまった千尋。
 ── うっわ、オレの馬鹿! そこまで怒鳴らなくてもよかっただろっ!
 慌てふためき、心の中で自分にツッコんでいると、
「……だって、こんなの作ってたなんて、知られたくなかったんだもの」
 聞こえてくるのは小さな小さな消え入りそうな声。
「……なんでだよ」
「だ、だって………私ばっかりサザキのこと好きみたいで悔しいから…」
「千尋っ…!」
 サザキは思わず千尋の華奢な身体を抱きしめた。
 ── っかー! 可愛い、可愛いぜ千尋っ! オレの羽根なんて、全部むしってお前に捧げるぜっ!

 日向の男・サザキ、31歳。
 腕の中で『お宝』が悪戯っぽくペロッと舌を出していることも知らず、幸せいっぱいの彼は見事なほどに単純であった。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 ごめん、なんとなく書いちゃった。
 あんまりツッコまないように。
 こっちに掲載するにあたり、ちょっぴしオチをつけてみた(笑)

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