■お揃いのカップ【アシュ千編】
平和が訪れた常世の国。
皇・アシュヴィンが珍しく日が暮れる前に執務を切り上げて自室に戻ると、聞こえるはずのない声が聞こえてきた。
「── あら? 今日は早いのね?」
大きな袋に入った荷物を整理しながら、妻・千尋がきょとんとした顔でそう言ったのだ。
「っ !? お、お前こそ……帰るのは明日じゃなかったのか?」
実は十日ほど前からお忍びで実家に里帰りしていた千尋。
予定では明日の午前中に戻ることになっていたのだが。
里帰り、と言っても一国の后妃である彼女の実家は中つ国の橿原宮。
正式な手続きを踏むなら大勢の従者をつけるべきところだが、彼女がそれをよしとしなかった。
黒麒麟が彼女の移動手段であり、また優秀な護衛となったのだ。
思いがけず早く彼女の顔を見られた嬉しさに緩む口元を必死に引き締めて。
お前がいないから仕事をする気になれん、なんて囁いたら彼女はどんな顔をするだろう。
「あのね、これをアシュヴィンに早く見せたくて、帰ってきちゃった」
千尋は袋から取り出したものを、ことん、とテーブルの上に置いた。
それは釉薬の淡い青の艶も美しい、素朴な形の湯飲みがふたつ。
「橿原宮の工房で、私が作ったのよ」
風早にも手伝ってもらったけど、と付け加えた彼女が茶目っ気たっぷりに肩をすくめた。
そういえば、彼女の元保護者はいつだったか土器を焼いていたな、と思い出す。
「ちょっと待ってて。お茶淹れてくるね」
湯飲みを大事そうに抱えて部屋を飛び出す彼女の後ろ姿に、アシュヴィンは堪え切れずに盛大に口元を緩ませた。
「お待たせー」
さっきの湯飲みをトレイに乗せ、部屋に戻ってきた千尋。
トレイをテーブルに置くと、
「あ、みんなからのお土産もあるの」
そう言って、さっき湯飲みを出した袋の中をごそごそと漁り出す。
「えーと、これが風早からで、こっちが那岐。これは忍人さんで、これは柊──」
嬉しそうに品物を並べていく彼女には悪いが、それはお土産というよりも、彼女自身への贈り物だろうに。
なんとなく面白くなくて、アシュヴィンは先に湯飲みに手を伸ばした。
淹れたてのお茶を一口すする。
十日ぶりに味わう彼女の淹れたお茶に満足しながら、彼女手作りの湯飲みを眺めた。
そしてもう一口──
「あーっ、アシュヴィン、そっちは私の湯飲み!」
指さしながらの大声に、熱いお茶が喉に飛び込んだ。
「っ !? どっちでも変わらんだろうっ」
「違うの! 微妙に形と大きさが違うんだからっ!」
「微妙な違いなら、それこそどっちでも構わんだろうが」
「ダメ! 裏に名前を彫ってあるの!」
中身をこぼさないように注意しながら湯飲みを持ち上げ、裏を覗き込む。
確かにそこには『ちひろ』と文字が彫ってあった。
だとしても、どっちを使ってもいいじゃないか。夫婦なんだし。
アシュヴィンは熱さを我慢して、お茶を一口口に含む。
すっくと席を立ち、つかつかと妻の元へ。がしっと後ろ頭を掴んだ。
「な── !?」
彼女の抗議の声が聞こえる前に、彼女の唇を己のそれで塞いでやった。
含んだお茶を、彼女の口の中へと流し込む。
こくん、と喉が鳴る微かな音が聞こえてからも、アシュヴィンは当分の間、十日ぶりの彼女の唇を存分に味わい続けた。
「──これなら、どちらの湯飲みから飲もうと、同じことだろう?」
腕の中でくったりとした妻に向け、アシュヴィンはニヤリと笑う。
「あ……アシュヴィンのバカっ! 私、また中つ国に帰るっ」
「行かせるわけがないだろう? ──十日間も寂しい思いをさせられたんだからな」
潰してしまいそうなほど力を込めて抱き締めながら、耳元で囁いた。
胸元から、バカ、と弱々しい声が聞こえてきて。
アシュヴィンは己の勝利に声を立てて笑いながら、妻の軽い身体を抱き上げた。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
「『お揃いのカップで飲み物を飲む』『東かな』を描きor書きましょう。」
(ツイッター診断メーカー「可愛いカップル描いちゃったー」より)
直後やった将望でも同じ結果が出たので、他CPでも書いてみることにしました。
東かな、将望、龍ゆき、アシュ千があります。
どうしてアシュ千だとそっち方向へ進むんだろうなぁ(笑)
で、抱き上げた奥様をどこへ連れていくんですか、アシュヴィン様(笑)
【2011/06/05 up/2011/06/08 ブログより移動】