■お妃様のユウウツ

【いろいろとお騒がせしました『禊』リクエスト大会】
なよみさま からのリクエスト/娘を可愛がりまくるアシュ、やきもちな千尋
※ふぉ〜りんらぶ番外編・16話後のお話です。

「ふぅ………」
 根宮の一室に溜息が響く。
「……この部屋って、こんなに広かったかしら…」
 溜息に続いて、小さなぼやき。
 どちらも常世の国の后妃である千尋の口から発せられたものだった。
 ここ最近、なんとなく寂しい。
 部屋にしても、代々常世の国の皇が使ってきた部屋なのだから元々十分な広さがあった。
 しかし、国の復興で忙しい日々を過ごし、心にズドーンと来るようなハプニングがあったり、家族がひとり増えたりで、広すぎるなんて考える暇などこれまでなかった。
 なのに、今はやけにがらんと広く感じる。部屋の広さに飲み込まれてしまいそうなほどに。
 ついさっき女官が淹れてくれた香りのよいお茶も、何の慰めにもならない。
「はぁ……」
 どうしても零れてしまう溜息。
 千尋は見慣れているはずなのに色褪せて見える室内をぐるりと見回してから、もう一度溜息を吐く。
 夫である常世の皇・アシュヴィンは数日前から隣国での会議に出席、一人娘のラクシュミもそれについていってしまったため、今この部屋は千尋一人きりなのである。

 遡ること半月前。
 誕生日を迎える夫を喜ばせようと、千尋は密かにサプライズ作戦を企んだ。
 目に入れても痛くない愛娘からのプレゼントならば嬉しくないわけがないだろう、ということで娘に彼の絵を描かせて贈ったのである。
 元々子煩悩といえる部類の夫である。ただ、職務に追われて時間が取れないだけで。
 作戦成功。確かに彼はこの上なく喜んだ。
 予想外だったのは、それを期に夫の娘溺愛っぷりが度を越えたこと。
 仕事を終えて自室に戻ってきた時の第一声は必ず娘の名を呼ぶもので。その時の彼の目尻の下がりっぷりは、かつての仲間たちが見たら目を疑うだろうこと間違いなし。
 そして、執務室の壁に飾られた娘の絵を眺めては頬を緩ませつつ、心配になるほどに仕事を詰めた彼は、3日間の休日を無理矢理作って家族3人でのお忍び小旅行の計画を立てたのである。
 ところが、その3日間の2日目にはどうしても変更できない千尋単独の公務が入っていた。
 泣く泣く父娘を送り出し、3日後に出迎えて以降、千尋に訪れたのはなんとも言えない疎外感。
 夫の娘溺愛ぶりには拍車がかかり、娘は何をするにも父が一緒でないとダメな『お父さんっ子』になっていたのである。
 ふたりが現在赴いている会議も、本来はアシュヴィンひとりが行くはずだった。
 が、支度をする女官の誰かから聞きつけた娘の『らくすもとぉさまといっしょにいく!』という一言で相好を崩したアシュヴィンが満面の笑みで連れて行ったのだ。
 知らず漏れる溜息と同時に扉がノックされ、女官が入ってきた。
「千尋様、陛下と姫様がお戻りになりましたわ」
 ニコリと笑ってそう告げると、うやうやしくお辞儀をしてすぐに姿を消す。
「……このままじゃいけないわよね」
 千尋はぼんやり見つめていた冷めたお茶をぐいっと飲み干すと、よしっ、と気合いを入れて立ち上がった。

*  *  *  *  *

「ねぇアシュヴィン、ラクスのことなんだけど…」
 そう切り出して、ラフな部屋着に着替えて寛ぐ夫の前に千尋は手ずから淹れたお茶をそっと置く。
「ん? なんだ?」
 手に取ったカップを口元に近づけ、立ち昇る芳香に目を細めゆったりとした口調でアシュヴィンが応えた。
 千尋は彼の向かい側に腰を下ろし、テーブルの上で握り合わせた手の親指の爪をじっと見つめながら、
「……時には厳しく接したほうがいいと思うの。あの子の言う通りにばかりしていたら、わがままな子に育ってしまうわ」
「……そんなことか」
 ふ、と笑みを浮かべ、静かにお茶を啜るアシュヴィン。
「そんなこと、って! 大事なことよ!」
「大きな声を出すな。ラクスが目を覚ます」
 たしなめるように囁いて、アシュヴィンはゆっくりと視線を巡らせた。
 その視線の先、寝台の上には小さな寝姿があった。
 長旅で疲れたのだろう、根宮に戻った時には既に抱きかかえられていたラクシュミ姫は、着替えもしないまま熟睡中なのである。
「── 微妙な議題もあったんだがな、ラクスのおかげで和やかに事が運んだ」
「え、会議場にも連れて行ったの?」
「ああ。お前のしつけの賜物だろう、あの石頭の年寄りどもにして『立派な姫君だ』と言わしめた」
 と、アシュヴィンの親バカ丸出しの緩んだ口元が、苦虫を噛み潰したように歪む。
「…ぜひとも我が息子の妻に、と望む声が多かったが、丁重にお断りした── 俺と変わらぬ歳の男の元に、大事な姫を差し出せるわけがあるまい」
 アシュヴィンが『石頭の年寄り』と揶揄するように、他の会議参加者の年齢はかなり高い。彼らの子息たちがアシュヴィンや千尋と同年代なのだ。
 おそらく社交辞令だろうに、思い出して憤りを新たにする彼の様子に千尋は思わず吹き出しそうになって、慌てて口元を引き締めた。
「けれど……やっぱりわがままを許すのは、あの子のためにも良くないと思う」
 ふ、とアシュヴィンが笑った。彼がよく見せる、相手の反応を楽しむような悪戯めいた目で。
「どうした、我が子に妬いているのか?」
「ち── っ !?」
 千尋は『違う』とはっきり反論できなかった。
 もちろん娘がかけがえのない大切な存在であることに変わりはない。
 しかし、確かに夫の目が娘にばかり向いているのが寂しかったのだから。
 それを『嫉妬』と呼ぶのなら、間違いなくそうだ。
 俯いて、きゅっと下唇を噛み締めた。
「── 千尋」
 柔らかな呼び声に千尋は顔を上げる。
 呆れたような、それでいて優しい目をしたアシュヴィンが、ちょいちょい、と指先で手招きしていた。
 首を傾げながらも席を立ち、テーブルを回り込んで彼の傍に立つ。
「きゃっ…!?」
 カップを置いた彼の手がそのまま伸びてきたと思ったら、腰の辺りをぐいっと引き寄せられて視界がぐるんと大きく回る。
 次の瞬間、千尋はアシュヴィンの膝の上に座っていた。
 突然至近距離から見つめられ、顔の熱さにどうしたらいいのか判らない千尋は思わず視線を外す。
「いずれラクスが皇となる日が来るかもしれん。今のうちから国を動かすことを知っておくのも悪くないと思うが?」
「でも、だからってわがまま放題っていうのは良くないわ」
 ふぅ、と息を吐いたアシュヴィンは、千尋の腰に回した腕に力を込め、彼女の胸元に顔を埋めた。
「── 親にすら我侭も言えぬ子は、不憫だと思わないか?」
 静かに紡がれた言葉に、千尋は息を飲んだ。
 それは国を治める者の子として生まれたふたりが経験した、辛く悲しい思い。
 そんな思いを我が子にさせようなどと思うはずもない。
「── 子はいつか親の元から巣立っていく。
 だが、お前はずっと俺と共にある── 黄泉に下ったとて離しはしないさ」
「アシュヴィン……」
 胸元に触れる彼の唇のくすぐったさに千尋はさらに頬を赤く染め、彼の頭をそっと抱き締めた。

「── ふぇぇん、とぉさまぁ〜」
「どうした、ラクス !?」
 聞こえて来た娘の泣き声に、アシュヴィンは膝の上の千尋に構わず立ち上がり、寝台へと駆けつける。
 身構える間もなく振り落とされてしまった千尋はあえなく床に尻餅をつくこととなり──
「── もうっ! アシュヴィンっ! やっぱり甘やかしすぎっ!」
 きっとこれからは寂しさなんて感じないのだろう。
 くすっ、と小さく笑うと、千尋は夫の後を追って、むずかる愛娘の元へと駆け寄った。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 ふぃ〜、なんとか書けました。
 アシュの親バカっぷりの具体例をもっと書きたかったんですけど……すみません。
 ポイントのないもっさり感に溢れてますね〜。
 まあとにかく、アシュは親バカなんです。そこを感じていただければ…
 リク内容にお応えできてない可能性大ですね(汗)
 なよみさま、リクエストありがとうございました。
 お待たせして申し訳ありません。

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【2009/07/12 up】