■青空に降る雨
【ご来訪ありがとう2008 大リクエスト大会】
ミッキーさま からのリクエスト/大団円ED後の密会デート
黄泉比良坂を畝傍山に抜けて山腹を少し行くと、綺麗な水の湧く泉のある少し開けた場所がある。
常世の国の皇となったアシュヴィンは自然と綻んでいく口元を隠すこともなく、そこへ向けて黒麒麟を駆っていた。
山の中腹、緑濃い木々に守られるように存在するその場所は元々自然が作り上げた地形ではあるが、いつしか人の手によって心地よく整えられるようになった。
そこは彼女にとっての息抜きの場であり、大切な待ち合わせの場所でもあるからだ。
目的の場所が眼下に近づき、アシュヴィンは緑の中にぽつんと咲く一輪の薄蒼色の『花』を見つけて黒麒麟の高度を落とした。
音もなく降り立つと、薄蒼色の後ろ姿に向けて、彼が今最も愛しく思う言の葉を口にする。
「── 千尋」
後ろから声をかけられるとは思っていなかったのか、千尋はぴくりと肩を震わせ、弾かれたように振り返った。
ふわりと満面に広がっていく笑み。
「アシュヴィン!」
勢いよく胸に飛び込んできた彼女の身体を受け止め、腕の中へ閉じ込める。
何事も正面から真っ直ぐ突っ込んでいく猪突猛進型の彼女らしい感情に素直な── 上に立つ者としてはどうかと思うけれど── 行動に、胸に受けた衝撃すらも愛おしい。
それがお互いの立場上頻繁には会えない自分への想いが募った結果だと思えばなおのこと。
ひとしきり彼女の存在を確かめて、
「── さて、今日はどこへ行く? どこへなりとお連れ申し上げるが?」
「あのね、今日はここで過ごさない?」
そう言って千尋は腕の中からするりと抜け出した。
「ここで、か?」
「うん、たまにはのんびり過ごそうよ」
千尋は地面に置かれていた筒状に丸めた茣蓙(ござ)を広げ、履物を脱いで上がり込む。
「お昼ご飯まだでしょ? お弁当持ってきたんだ♪」
ぺたりと座り、傍らの包みを抱えてニコリと笑った。
「ふぅん……」
「本当は自分で作りたかったんだけど、こっちの調理器具に慣れてなくて今回は断念しちゃった」
包みを開き、楽しそうに重箱を広げていく。
アシュヴィンも彼女に倣ってブーツを脱いで茣蓙の上に腰を下ろした。
目の前に並ぶ食べ物の向こう、自然と目に入るのは薄蒼色。
彼女が手を動かす度にひらひらと舞う衣の袖だ。
人の身に着けているものに頓着する性質ではないが、なぜか目が離せない。
そうだ、彼女の『色』だ── まるで彼女の瞳の色を写し取って、淡く引き伸ばしたような。
さっきはいきなり抱きつかれて気がつかなかったが、肩で揺れる金の髪が薄蒼によく映えて──
「── 綺麗、だな」
するりと口から零れ出していた。
「えっ !?」
「あ、いや、その衣……いい色だと思ってな」
柄にもなく慌てて言い繕う。滑稽なほどに頬が熱い。
「え、あ、うん、新調したの。えと……今日着ようと思って……」
袖口で頬を隠し、真っ赤になって俯く千尋。
「そ、そうか……」
なぜか襲ってくる気恥ずかしさのあまり、アシュヴィンは視線をあさっての方へと泳がせて。
茣蓙の上で向かい合う真っ赤な顔の二人。
戦の頃の彼らを知っている者が見れば、きっと目を疑ったに違いない。
「── た、食べよ? ね?」
「……そ、そうだな」
橿原宮の料理人が腕によりをかけて作ったお弁当に舌鼓を打つうちいつものペースを取り戻した二人は、互いの近況報告に花を咲かせ、楽しいランチタイムを過ごしたのだった。
* * * * *
「── なんとも微笑ましい光景ですね」
「……時々姿が見えなくなると思ったら……アシュヴィンと会っていたんですね…」
「声をかけるのか、このまま去るのか、早くどちらかに決めてくれ」
木陰に身を潜め、ぼそぼそと囁き合っているのは同門三人組。
大きな荷物を手に提げ、丸めた茣蓙を肩に担いでこそこそと宮を抜け出していく千尋を見かけた風早が尾行を開始したところに、職務のため王を捜していた葛城忍人が合流し、
王の不審な行動を知った柊が興味本位でついてきたのである。
下草を揺らさないよう慎重に、木の陰からそっと開けた場所の様子を窺う三人。
そこにはぽかぽかと暖かい日差しの中、茣蓙の上に仲良く並んで寝転がっている中つ国の女王と常世の国の皇の姿があった。
ついさっきまでは話をしながら空を横切る鳥に手を伸ばしてみたり、飛んできた虫にきゃっきゃとはしゃいでみたりしていたのだが、今は遠くに鳥のさえずる声が聞こえるだけ。
暖かさと満腹のせいで、寝転んでいるうちに眠ってしまったらしい。
「うーん……千尋はもちろん、アシュヴィンも忙しい日々を送っているだろうから、しばらくこのまま寝かせてあげたい気もするけど……」
「知らぬ仲とはいえ、男が陛下の傍で眠るのは許せない、と?」
「許せないっていうか……複雑な気持ちなのは確かだね」
ほぅ、と風早が溜息を吐く。
「── いつまでこんなことをしているつもりだ?」
痺れを切らした忍人が立ち上がった。
「声をかける気がないなら、俺は先に戻らせてもらう」
踵を返してさっさと山を下っていく忍人に、柊はやれやれといった風に首をすくめ、
「そうですね、彼が一緒なら陛下に危険はないでしょうし……束の間の逢瀬を覗き見るような野暮な真似はここまでとしましょうか」
「ははっ……そうだね」
面白いものが見られたとばかりに笑みを浮かべている柊も、ガックリと肩を落とし暗い影を背負ったように見える風早も、気の短い弟弟子の後を追って静かに山を下っていった。
* * * * *
「── 相変わらず過保護な連中だな」
気配が完全に遠ざかったところでぱちりと目を開くアシュヴィン。
戦乱の中で研ぎ澄まされた彼の感覚は、見物人の存在をしっかりキャッチしていたのである。
溜息混じりに身体を起こし、肘で支えて隣を見やる。
そこにはくぅくぅと可愛らしい寝息を立てる眠り姫。
茣蓙の上に広がる金の髪が、まるで後光が射しているように見えた。
男の横でこんなにも無防備に眠ってしまうほどに疲労を溜め込んでいるのだろう、と気遣いながらも手を伸ばさずにはいられなかった。
彼女のあどけない寝顔を覗き込みながらその頬に触れ、輪郭を描くように指先を滑らせる。
「………ん……」
千尋がゆっくりと目を開けた。
「……アシュヴィン……?」
「やっとお目覚めか?」
「え……あ、ご、ごめんなさいっ、眠るつもりはなくてっ! その、あんまりぽかぽかあったかくて──」
目を開いた瞬間、誰かの顔のドアップがあれば驚くのは無理もない。
だがアシュヴィンは顔を退けることなく至近距離で千尋を見つめ続け、わたわたと慌てていた彼女は跳ね起きることもできずに徐々におとなしくなって、
同時にみるみる顔が赤く染まっていった。
「あ……あの、なに、してるの…?」
「邪魔な羽虫もどこかへ飛び去って、ようやく美しい『花』を愛でることができると思ってな」
「え……虫…? 花…?」
晴れ渡った空の下、アシュヴィンはニヤリと笑い、きょとんとした顔の薄蒼色の花に口付けの雨を降らせ続けた。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
前半と後半のアシュが別人……
いや、うっかり口を滑らせて慌てちゃったけど、ご飯食べていつものペースに戻ったんです!
……と主張してみる。
偶然にもリクエストのラスト2題が『デート』でしたので、どうメリハリつけようと考えた挙句、
『動』と『静』という裏テーマが浮かびまして。
ちなみにこちらは『静』。
大団円ED後のなかなか会えない二人にとって、
ただお互いの存在を感じながら静かに過ごす時間は貴重だと思うんです。
そして最後のアシュのセリフが浮かんだがために、同門トリオが出歯亀をすることに(笑)
こんな感じでいかがでしょうか?
ミッキーさま、リクエストありがとうございました。
【NOTICE】
このSSは、リクエスト主さまに限り、お持ち帰りフリーです。
サイトをお持ちの場合、掲載していただいてもかまいません。
その場合、当サイトへのリンクは任意としますが、このSSが『神崎悠那』作であることを
必ず明記してくださいますよう、お願いいたします。
【2009/01/21 up】