■元・保護者の画策

【ご来訪ありがとう2008 大リクエスト大会】
ホウズキさま からのリクエスト/青龍ふたりによるジュニア争奪戦
※ふぉ〜りんらぶ番外編9話と12話の間のお話(?)

 ── その日、大荷物を背負った風早が根宮に姿を現した。

 出産を間近に控えた千尋は、夫が特注で作らせたふかふかの座り心地の良い椅子にゆったりと身体を沈めたまま、現れた人物に目を丸くした。
「か……風早?」
「久しぶりです、千尋。体調はどうですか?」
 背中の大きな風呂敷包みをよっこらしょ、と下ろし、腰をとんとんと叩きながらにこりと笑う。
「え、ええ、順調よ。でも、どうしたの? その大荷物……」
「初めての出産と育児は大変ですから、サポートが必要だと思って」
「そ…それは嬉しいんだけど……でも、風早は那岐の側近でしょ? 大丈夫なの?」
 すると風早は荷物の中をごそごそと漁って一本の竹簡を取り出し、千尋へと差し出した。
「ええ、ちゃんと那岐には了承を得てますからご心配なく。あ、これ、那岐からの便りです」
 千尋は受け取った竹簡を括る紐を解き、ぱらりと広げてみる。

千尋へ
  あんまり鬱陶しいんで、風早をそっちに行かせたから。
  そいつ、千尋の子供を育てる気満々らしいよ。
  ま、好きにこき使って。
                     那岐

「え……ええっ !?」
 中つ国の王からの軽〜い内容の書簡と風早の顔を見比べながら、千尋は目を白黒させた。
 そこへバンッと扉を蹴り開け飛び込んで来たのは千尋の夫、アシュヴィン。妻の元保護者来訪の知らせを受けて慌てて走ってきたのか、ゼイゼイと肩で息をしている。
「風早……何をしに来た…?」
「ああ、アシュヴィン、いたんですか」
「いるに決まっているだろうっ! ここは俺の国、俺の宮、俺と千尋の部屋だっ!」
 アシュヴィンは噛み付かんばかりに捲くし立て、ぜーはーぜーはー荒い息をする。
「そういえばそうでしたね……まあとにかく、俺が来たからにはすべて任せてもらって──」
「何をだーっ!」
「もう二人とも落ち着いてっ!」
 間に入った千尋の声には二人とも逆らうことはできず。
 アシュヴィンは苦々しい顔で奥歯を噛んで堪え、風早は苦笑を浮かべて頭を掻く。
「あのねアシュヴィン、風早は私の子育てを手伝いに来てくれたんですって」
「……なんだと?」
 ピクッとアシュヴィンの片眉が上がる。
「ええ、俺には幼少の頃から千尋をお育てした実績がありますからね」
「── 断る」
「まあ、行く行くはそのままお仕えして立派な皇子か姫に──」
「断ると言ってるだろうがっ! 帰らんつもりなら、力ずくで追い返すだけのことっ!」
 しゅるりと剣を抜いたアシュヴィンはダッと床を蹴り、風早の頭上目がけて振り下ろす。
 ガッ!
「まあまあ、そういきり立たないで。血圧が上がりますよ?」
 額ギリギリのところでの真剣白刃取り状態の風早は、現在自分が置かれた危機もなんのその、余裕の笑みを浮かべていた。
 一度失意のどん底まで落ちた男は、この程度のことで怯むことはないのかもしれない。
「二人ともやめ── っ、い、たたたたっ」
 急に千尋が上げた苦悶の声には、さすがに二人とも睨み合いを続行するわけにはいかなかった。
 息の合った動きでひょいっと剣を放り投げ、ふかふか椅子で苦しげに腹をさする千尋の元へと慌てて駆け寄った。
「おい、どうした !?」
「大丈夫ですか、千尋っ !?」
「だ…いじょう、ぶ……この子がすごい勢いで蹴ったから」
 さすってやろうと手を伸ばしかけた風早に体当たりをかまして転がして、アシュヴィンは千尋の大きな腹を慈しむようにそっと撫でる。
「もう……二人がケンカなんかするからよ。この子が『お父さんもおじいちゃんも、ケンカはやめなさい』って言ってるんだわ」
「『お父さん』……」
 言葉の響きにうっとりと酔っているアシュヴィン。
「『おじいちゃん』……?」
 反対に、信じられない言葉を聞いたというような不可解な表情で呆然としている風早。
「ねえアシュヴィン、風早はお父さん代わりになって私を育ててくれたんだもの、この子にとってはおじいちゃんみたいなものよ。 おじいちゃんおばあちゃんっていうのは、一般的に孫が可愛くてしょうがないものなの。だから─── って、風早?」
 いつの間にか風早は部屋の隅にうずくまって、床に『の』の字を書いていたのである。
…………せめて『お兄さん』くらいにしてほしかったです、千尋……
 そんないじけたぼやきが聞こえてきたり。
 その時、
「── お二方とも、そこまでになさいませ」
 広い部屋に凛と澄んだ声が響き渡った。
 戸口に姿を現したのは、豊かな銀の髪の美しい妙齢の女性だった。
 音もなく部屋を横切り、千尋の座る椅子の傍に跪いた彼女は柔らかな笑みを浮かべ、
「妃殿下、お加減はいかがですか?」
「大丈夫よ、シズルさん。元気にお腹を蹴ってるわ」
「それはよろしゅうございました」
 苦笑する千尋へ安心させるような優しい笑みを浮かべて頷いたシズルは、すっくと立ち上がって男二人の方へ優雅に裾を捌きつつグリンと振り返った。
 さっきまでの優しい顔つきとは打って変わって、ぴくぴくするこめかみには『怒りマーク』が見えるような気がする。
「騒がしいと思えば、いい歳をした大人二人が何事ですか!」
「し、シズル、これはだな、こいつが余計な真似を──」
 しどろもどろに弁解するアシュヴィンをギッと睨んだ視線ひとつで沈黙させ。
 何とか立ち直ったのか、部屋の隅でぼんやり立っている風早の元へと進み出る。
「── 風早殿、でいらっしゃいますわね?」
「は……はい」
「私は土蜘蛛のシズルと申します。妃殿下をかくもご立派な聡明な女性にお育てになられたこと、たいへん感服しております。 お子がお生まれになった暁には、その手腕をお貸しいただくこともございましょう。 ですが、今はただ妃殿下が心安くご出産の時をお迎えになれるよう、静かに見守ってはいただけませんか?」
 静かな、けれど首を横に振ることは決して許さない、荘厳な声。
 風早はただコクコクと首を縦に振ることしかできず。
── そうだそうだ、もっと言ってやれ!
 そしてシズルの矛先は控えめな声で囃し立てるアシュヴィンへと向けられる。
 シズルは床に転がった抜き身の剣を軽々と摘み上げると、握りの部分をぐいっと彼へと突きつけた。
「陛下ももっと場所を弁えてくださいませ。奥方様とお子様がいらっしゃる部屋で剣を振るうとは、狂気の沙汰としか思えませんわ」
「う……」
 受け取った剣を鞘に収め、悪かった、と素直に詫びるアシュヴィン。
「おわかりになられましたら、お二方はお部屋の外へ出られませ」
「な、なんでだ!」
「妃殿下のお身体を拝見させていただくからですわ。さあさあ、お部屋の外でならいくらお暴れになっても構いませんわよ」
 シズルは男二人の背中をぐいぐい押して廊下へ押し出して、ついでに風早の大荷物も軽々持ち上げ廊下へ放り投げた。
 パタン、と扉を閉めて、ふぅ、と一息。
「やっと静かに── あら妃殿下、いかがなさいました?」
 目元を拭いながらくすくす笑っている千尋に、シズルは不思議そうに小首を傾げ。
「ううん、頼もしいなぁと思って」
「ふふっ、妃殿下とお子様のためなら、私はどんなことでもいたしますわ」
 部屋の外で始まった剣戟の音が徐々に遠ざかっていくのを聞きながら、女性二人は楽しそうに笑い合うのだった。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 完全ギャグ仕様(笑)
 風早が気の毒すぐる(笑)
 えー、ふぉ〜りんらぶ番外編の一部的SSでございます。
 オリキャラのシズルさん登場をご希望だったので、出しまくってみました(笑)
 たぶん、この時点の根宮では彼女たち二人が最強なんだと思います。
 追い出された二人は
 『お前のせいで俺まで追い出されただろ!』
 『俺にそんなこと言われても!』
 とか言い合い始めて、剣を抜いちゃったんですよ(笑)
 ホウズキさま、リクエストありがとうございました。

【NOTICE】
 このSSは、リクエスト主さまに限り、お持ち帰りフリーです。
 サイトをお持ちの場合、掲載していただいてもかまいません。
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 必ず明記してくださいますよう、お願いいたします。

【2009/01/12 up】