■相変わらずな二人
【ご来訪ありがとう2008 大リクエスト大会】
祀莉さま からのリクエスト/黒麒麟も食わない夫婦喧嘩(ナーサティヤ視点)
ある日の常世の国── 週に一度の定例会議が行われる会議室。
少々遅れてその部屋に入ったナーサティヤは思わず半歩後退った。
室内を満たすのはピリピリと肌を刺すような緊張を孕んだ空気。
その根源は上座に並んで座る皇と后妃なのだとすぐに解る。
ほとんど背中合わせになるほど互いに身体を背け、その表情は苛立ちの色が濃い。
皇弟シャニは両手で頬杖をついて兄夫婦の方を鬱陶しそうに横目で窺っていて、
それぞれの役職の長たちや書記係の文官たちはその場の空気のあまりの重苦しさに押し潰されそうなのか、小さく背を丸めて俯いていた。
ナーサティヤはその場の雰囲気の異常さにこめかみをひくつかせながらも自分の席── シャニの隣に腰を下ろし、
「………何があった…?」
小さな声で末弟に状況説明を求めた。
が、彼は小さく溜息を吐いて肩をすくめるのみ── 『いつものことだよ』という意味らしい。
ナーサティヤが席に着いた時点で会議に参加するメンバーは揃ったというのに、不機嫌な皇はいつまで経っても会議の開始を宣言することはなかった。
腕を組み、俯き加減に眉間に深い皺を刻ませている彼は、もしかすると兄の到着に気付いていないのかもしれない。
そんな状況に少々イラッとしたナーサティヤは、
「── アシュ、会議を始めろ。時間が惜しい」
「っ !?」
我に返ったアシュヴィン。危うく椅子から落ちそうになるほど驚いたらしい。
「……な、なんだサティ、来てたのか…」
「……いつまでもくだらないことにこだわってるから気付かないのよ」
ぼそっと呟かれた小声に、アシュヴィンはピクリと眉を吊り上げる。
「……なんだと?」
妻の方へと振り返るアシュヴィンの視線は背筋が凍りそうなほどに冷たく鋭かった。
自分が睨まれたわけでもないのに、気の弱そうな文官が、ひっ、と小さな悲鳴を上げて震え上がる。
「私は今のままがいいって言ってるでしょ。アシュヴィンに口出しされる問題じゃないわ」
「強情な女だな……たまには俺の言うことに素直に従ったらどうだ?」
「嫌よ」
后妃・千尋はツンと顎を上げて完全拒否。その動きによって顎のラインで切り揃えられた金の髪がふわっと広がり、また閉じた。
肩越しに振り返るアシュヴィンは彼女を射殺すかのような鋭い視線を送り続け。
室内の帯電したかのような空気に極寒の地のようなすべてを氷付けにしそうなほどの冷たさが加わった。
「長くても短くても、あなたには関係ないじゃない」
「いや、関係あるな。もっと長くなければ無理だろう?」
「だーかーらー、私はこの長さがいいの! 洗う時に楽なんだから!」
「俺がいくらでも洗ってやる! だから伸ばせ!」
賢明な方々は彼らの言い争いの内容にそろそろお気付きになっただろう。
アシュヴィンはガタンと椅子を揺らして立ち上がると、いまだそっぽを向いたままの妻をびしっと指差して、
「俺はお前が髪を結い上げた時のうなじがたまらなく好きだと言ってるだろっ!」
ゴッ!
彼の堂々の宣言により、会議参加者は脱力の余り、示し合わせたかのように揃ってテーブルに額を打ち付けたのだった。
── その日、定例会議は当然の如く臨時休会になったことを追記しておく。
月日は流れ、根宮は幸せムードに包まれていた。
千尋妃がご懐妊あそばしたのである。
皇子または姫の誕生を待ちわびる人々の喜びが活気となって根宮を満たしているのだ。
そんなある日の昼下がり、ナーサティヤは回廊から中庭へと何気なく視線を移した。
宮内で働く人々の癒しになるように、とシャニが整えた中庭に咲き乱れる花の中に皇夫妻の姿があった。
大きくせり出した腹で足元が見えず、階段での昇り降りは危険だから、と私室のテラスから黒麒麟で直接降りてきたのだろう。麒麟は地面にうずくまって千尋の背凭れになっていた。
その傍に胡坐をかいて座るアシュヴィン。
ぱっと見には微笑ましい光景にも見えるのだが、二人の間には険悪なムードが漂っていた。
睨み合う様はまるで獰猛な肉食動物。ガルルルル、と唸り声が聞こえてきそうだ。
「── 譲れないわ」
「ああ、俺もこればかりは譲れんな」
普段は見ている方が赤面してしまうほど仲がいいというのに、彼らはこうしてしばしば全力でぶつかり合うのだ。
ある意味コミュニケーション。あるいはストレスの発散をしているのかもしれない。
どうせまたくだらない意地の張り合いなのだろう、とナーサティヤは溜息を吐く。
「絶対女の子よ!」
「いや、男、だな」
「どうしてそんなことが言えるのよ!」
「皇子誕生こそ国の安泰だからな」
「『一姫二太郎』って言葉、知らないの? 最初は女の子の方が幸せになれるんだからっ!」
「はっ、聞いたこともないな。『姫』はともかく『太郎』とは何だ?」
「男の子、って意味だよ」
「誰が言ったか知らんが、『一皇子二姫』でいいだろうが」
「いーえっ! 昔からずっと言い伝えられてるんだから『一姫二太郎』なのっ!」
── やはり、か。
ナーサティヤは大きな溜息を吐き出すと、回廊の柱の間からひらりと中庭へ降り立った。
「── お前たち、くだらぬ諍いは部屋でやれ。こんな場所で皇と妃が口論をしていては、臣下たちに示しがつかん」
「う……」
唸ってバツが悪そうに顔を赤らめる二人。
「へ、部屋へ戻るわ── 黒麒麟、お願い」
重い身体をよっこらしょ、と持ち上げ麒麟の背に横座りする千尋。
「…………黒麒麟?」
麒麟は千尋の呼びかけには応えず、うずくまったままでふいっと顔を背けてしまって動き出す気配はない。
「あーん、黒麒麟ってば!」
『夫婦喧嘩は犬も食わない』と言われるが、犬だけではなく麒麟にも当てはまるらしい。
「ふ……残念だったな、黒麒麟は俺に味方するようだ」
「そ、そんなことないもの! ね、黒麒麟、部屋まで連れてって!」
くいくいっとたてがみを引っ張っても、麒麟はそ知らぬ様子。
「ほらな」
焦る千尋を見て可笑しそうに笑うアシュヴィン。
千尋の方は怒りに顔を真っ赤にして、唇をわなわなと震わせている。
この調子では再戦が勃発しそうだ。
「………アシュ、千尋」
ナーサティヤはたまらず介入することにした。
「……腹の子が男でも女でも、五体満足に生まれてくればそれでいい。その後で、皇子だろうが姫だろうが、お前たちが納得するまで成せばいいことだ」
静かに紡がれるナーサティヤの言葉をきょとんとした顔で聞いていた二人は、
「……それもそうね」
「……それもそうだな」
顔を見合わせ、見事にハモらせて。おまけにふっと微笑み合う。
「部屋に戻るか」
「ええ」
腰を上げたアシュヴィンが千尋を守るようにして黒麒麟の背に跨った。
ふわり、身体を宙に浮かべる黒麒麟。ふよふよと静かに上昇していく。
それを見上げるナーサティヤは突如襲ってきた頭痛にこめかみを押さえつつ、あの二人がちゃんと親になれるのだろうか、と心配になってくるのだった。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
黒麒麟も食わない夫婦喧嘩、でございます(笑)
苦労人だなぁ、サティ。
ケンカの原因がくだらなすぎて、これ以上のコメントもございません(笑)
あ、黒麒麟は千尋ひとりだと万一落ちたらマズいので動かなかったんだと思われます。
タイトルは那岐のイベントにもありましたね(汗)
こんなところでいかがでしょうか?
祀莉さま、リクエストありがとうございました。
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【2009/01/07 up】