■異世界への懐慕
【ご来訪ありがとう2008 大リクエスト大会】
沙夜香さま からのリクエスト/「クリスマス」または「お正月」でアシュ奮闘話
午前の執務を終えたアシュヴィンが戻ってくると、寒い時期だというのに自室の扉が全開になっていた。
訝しみながらも覗いてみれば、戦の頃から随分伸びた髪を頭の後ろで一纏めにした千尋が部屋の中を忙しそうに動き回っている。
「……何をしている?」
「あらアシュヴィン、お疲れさま。何って、見てわかるでしょ? 大掃除だよ」
千尋は手に持っていた雑巾を畳み直し、せっせと窓を拭き始めた。
「掃除などお前がやらずとも、女官にやらせればいいだろう?」
「日々の掃除はやってもらってるけど……やっぱり年末は大掃除しないと、気分よくお正月を迎えられない気がして」
「……『おしょうがつ』とは何だ…?」
アシュヴィンの一言に、千尋がくるっと振り返った。目が真ん丸になっている。
「……もしかして、常世の国は『お正月』しないの? 新しい年が始まるお祝い、なんだけど」
「新年の祝いならば秋にやっただろう」
「え……あれって新年のお祝いだったのっ !? ……収穫祭だと思ってた」
「まあ、それも間違いではないが……」
「……そっか……お正月、しないんだ……」
しょんぼりと項垂れてしまった彼女から『日本のお正月』についてあれこれ聞き出したアシュヴィンは『ある決意』をするのだった。
新しい年を迎えた日の朝、普段と変わらず朝食を取ろうと食堂へ赴いた千尋は、中の光景に目を見張った。
テーブルの上には何かのお祝いの晩餐会かと思うほど、所狭しとご馳走がならんでいたのである。
千尋は隣にいるアシュヴィンを見上げ、自分の目を疑うかのようにパチパチと瞬きをする。
「── どうした? 中に入らんのか?」
「これって……」
「『お正月』、するんだろう?」
ニヤリ、とアシュヴィンが笑う。
みるみる顔を綻ばせた千尋は、
「ありがとう!」
喜びの余り、ばふっと彼に抱きついた。
「── 仲がいいのはわかったから、席に着いたら?」
呆れたような半眼で、シャニが頬杖をついて二人を見ていた。
彼の隣ではナーサティヤも苦笑している。
「えっ、あっ、ご、ごめんっ」
ぱっと離れようとした千尋の腰を攫い、抱えるようにしていつもの席へ。
頭から湯気が出ていそうなほどに真っ赤になった彼女を席へ座らせ、アシュヴィンも満足そうな笑みを浮かべて椅子へ腰を下ろした。
「ほら、杯を取れ」
「え、ええ」
言われるままにテーブルにあった杯を手に取ると、控えていた女官が酒を注いでいく。
「あ……お屠蘇…?」
「普通の酒だがな── では、挨拶は我が奥方殿からいただこうか?」
「えっ、わ、私っ !?」
慌てて周りを見回すと、三人兄弟の視線はすべて彼女に注がれていて。
「そ…それじゃ── あけましておめでとう!」
『おめでとう』の声と、杯が合わさる音が重なった。
「── それにしてもさぁ、アシュヴィン兄様は義姉様のためなら何でもしちゃうんだね〜」
ニヤニヤしながらシャニが言う。酔っているらしく目がとろんとしていた。彼の年齢からすれば、飲酒に年齢制限のない世界ならではのことだろう。
「えっ?」
「言うなシャニ」
バツが悪そうに視線を逸らすアシュヴィン。
「だって、『おせち料理』とか言われても、話に聞くだけじゃどんな料理かわかんないって料理長がぼやいてたもん」
見た目『伊達巻』っぽい卵焼きをぱくりと一口。
他の料理もなんとなく『おせち』に見えなくもない、というものが並んでいた。
「そうなの?」
「うん。だからね、兄様ってば中つ国まで黒麒麟を飛ばして、風早に聞きに行ったんだよ。それで作り方を書いてもらってきたんだって。
材料もいくつか自分で集めてきたらしいよ」
「え……」
千尋が隣へ目をやると、アシュヴィンは逸らした顔はそのままに、耳の辺りが赤く染まっていた。アルコールのせいだけではないらしい。
「アシュヴィン……」
胸元で両手を握り締め、感激に目をうるうるさせて。
「── 本当にありがとう! 来年は私が頑張っておせち料理作るわ!」
「……期待しておくとするか」
ふ、と笑ったアシュヴィンが一気に杯をあおってカツンと音を立ててテーブルの上に置く。
それからおもむろに千尋へと手を伸ばし、頭に触れた。
「え…?」
「わぁ、綺麗な百合の髪飾り!」
シャニに言われて頭に手をやってみると、伸びてポニーテールにすることが多くなった髪に硬い感触。
すっと抜き取って見ると、小さな白い百合の花があしらわれた可愛らしい髪飾りだった。
アシュヴィンは照れ臭そうな顔で千尋の手からそっと髪飾りを取り上げ、再び髪に挿してやる。
「『お年玉』というやつだ、お前に金を与えるのも妙だからな」
「アシュヴィン……」
感極まった千尋は、義兄弟の前であることも忘れてアシュヴィンに飛びついた。
手を尽くして『お正月』を再現してくれた夫の気持ちが嬉しくて、がっちりと彼の首に回した腕にも力が籠もる。
背中に回された手が優しくてやけに温かく感じられた。
「……もう、この二人、何とかならない?」
しっかりと抱き締めあう兄夫婦を見るシャニの目は完全に据わっていて。
焼豚(らしきもの)を箸でツンツンとつつきながら。
「……今に始まったことではないだろう── 諦めるんだな」
ナーサティヤは達観した顔で昆布巻(っぽいもの)を口へ放り込み、グビリと酒をあおる。
── こうして常世の国初となる正月行事はいつもの光景の中で行われたのだった。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
常世はインドがモチーフになってるらしいので、それに準じてみました。
秋のお祭りは『ディワリ(光の祭典)』のつもりです。
某所によると『ディワリはインド太陰暦アシュヴィン月の新月の日より行われる』とか(笑)
風早、那岐、リブ、シャニ、カリガネの出演をご希望でしたが、まともに出たのはシャニだけ。
風早に至っては名前だけ。
ほぼリクエスト内容を無視した出来上がりとなってしまいました(汗)
おまけに某番外編と同じような展開……(滝汗)
いや、それがいつもの常世夫婦なんですよ、ってことで(笑)
沙夜香さま、リクエストありがとうございました。
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【2009/01/01 up】