■ウェディング大作戦!
【ご来訪ありがとう2008 大リクエスト大会】
由貴さま からのリクエスト/大団円ED後常世夫婦の結婚報告
「── 常世の国の皇アシュヴィン、中つ国の女王豊葦原の千尋姫に妻問い申し上げる」
戦の最中にはほとんど見せることのなかった柔らかな笑みを浮かべ、だが真っ直ぐで真剣な眼差しに熱を含ませ差し延べられた手に、千尋は迷うことなく己の手を重ねた──
長かった戦いも終結し、新たな王の下での国の復興に活気づく橿原宮。
その王宮内の一室に、七人の男たちが集まっていた。
彼らは故国を、そして平和な世界を取り戻すため、共に戦い抜いた戦友同士。今ではそのほとんどが国の要職に就いている。
その中心となっていた中つ国の二ノ姫── 現在の女王── の姿が先刻より見当たらず、手分けをして捜していた彼らが経過報告のため戻ってきたのである。
顔を見合わせるなり首を横に振り。
成果がなかったことは一目瞭然だった。
再び散ろうと示し合わせたちょうどその時、
「── あ、みんな! よかった、ここにいたのね!」
にっこにこの笑顔を振り撒きながら入ってきたのは、たった今話題に上っていた人物。
「『ここにいたのね』じゃないよ、みんなで千尋のこと捜して── って、なんでアンタがいるんだ?」
千尋の頭上に雷を落とそうと息巻いた那岐の目が、彼女の後ろに見えた人影に訝しげにすぃと細められる。
それは比喩でなく実際に黒い雷を自由自在に落とせる男、アシュヴィンであった。
「今ね、畝傍山へ行ったら出会っちゃって」
「畝傍山 !? 供もなくお一人で行かれたのですかっ !?」
布都彦がぴょんと跳ねそうな勢いで食いついてきた。
「ちょっと休んだらどうかって言われたから、散歩に行ったの。ふふっ、アシュヴィンにも怒られちゃった」
千尋は斜め後ろに立つアシュヴィンに向かって振り返り、こくんと小首を傾げて『ね?』と同意を求める。
アシュヴィンの答えは、ふっと微笑むだけだった。
── なんなんだっ !? その『二人だけの秘密』的なやり取りは!
この場にいる九人のうちの七人が、心の中でそう叫ぶ。
「── とにかく、供もなく所在も告げずにふらふらと出歩くのはやめてくれ……君はもう少し自分の立場を弁えたほうがいい」
相変わらずの厳しい言葉を投げかけたのは、苦々しい顔で腕組みをしている葛城忍人。
「はい……ごめんなさい……」
しょんぼりと俯いた千尋の前髪がさらりと揺れた。
「おや? …陛下、額に何やら怪しげな汚れが。私が清めて差し上げましょう」
そう言って伸ばされた柊の手を、アシュヴィンはまるで虫でも払うかのようにぺちんと叩き落す。
「これは約定の証。軽々しく触れないでもらおうか」
ニッと口の端を上げ、不敵な笑みを浮かべるアシュヴィン。
「……約定…?」
聞き慣れぬ言葉を確認するかのように遠夜がぽつりと反芻する。
額の赤にすっと指先を触れた千尋はぽっと頬を赤く染めてふわりと笑い、
「あのね、私たち、結婚することにしたの♥」
「そーかそーか結婚かぁ、そりゃめでた── って、でえぇぇぇぇっ !? けっ結婚っ !?」
見事なノリツッコミを見せたのは、緋色の翼を持つ日向の民、サザキ。ちょっと橿原まで遊びに来ていたところ女王捜索に巻き込まれてしまったらしい。
興奮したのか大きな翼をバサバサと羽ばたかせて、爆弾発言に固まってしまった皆の髪が巻き起こる風でふわふわと舞う。
「ひ、姫さん、ちょっと待て! け、結婚ってもんはだな、好き合った者同士がするもんであって──」
「あら、私、アシュヴィンのこと好きよ。妻問いされて嬉しかったもの」
「つ、妻問いぃ !?」
立ち眩みでも起こしたのか、サザキの体格のいい身体がぐらりと揺れた。
そこでスッと前に出てきた男── 千尋の幼い頃からの従者・風早が満を持して口を開く。
「── ですが千尋、国のトップの結婚となると、そんなに簡単なものではありませんよ」
微笑みを浮かべ── いや、口元は笑みの形になっているが目は全く笑っていない── 諭すような口調は不気味なほどに柔らかい。
「それはわかってる。だからね、しばらくは『通い婚』っていうのにしようかと思って」
再び『ね?』と千尋が振り返り、アシュヴィンは『ああ』と答えて七人の顔をグルリと見渡した。
「いくら国の建て直しに忙しいからと言って、女王に休暇も与えず働かせるわけではあるまい?」
「そ……それはもちろんですが」
「その休暇中に常世に寄越してくれればいいさ。あとは俺がこちらに出向く」
「ですが……」
バサッと羽音を立ててサザキがドサリと床に座り込んだ。胡坐を組み、腕組みをして『う〜ん』と考え込んでいる。
「どうかしたの? サザキ」
「……いやな、姫さんがここと常世を行き来するんなら天鳥船が必要だろ? 使わねーなら返してもらおうと思ってたっつーか……ほれ、元々オレらの根城だったわけだし?」
「だが、天鳥船で空路を行くにしても徒歩で陸路を行くにしても、王につける護衛の人員を割かねばならん。そんな余裕、今の中つ国にはない」
腕を組んで柱に寄りかかっていた忍人が吐き捨てるように断言する。
それを引き継いで風早が、
「それに中つ国は国家の再建だけでなんとか済みますが、常世の国は国土も疲弊しきっていると聞いています。そんな状態で皇が国を留守にしていいんですか?」
彼にしては珍しく、棘を含ませた言葉を紡ぐ。元・敵国の皇子をじっと見据えて。
一触即発の気配が漂い始める中、アシュヴィンがニヤリと笑った。
「そんな心配せずとも黒麒麟ならひとっ飛びだ。誰の手も煩わせん。それに一国の皇にも休息はある。そのひとときを好きな女と過ごしたいと思うのは、男として当然の望みだろう?」
「や、やだ、アシュヴィンったら……」
「不満か?」
「そ…うじゃないけど……もう、アシュヴィンのばか…」
赤く染まった頬に手を当て恥ずかしそうに俯いてしまった千尋を、『ばか』と言われたのに嬉しそうに眺めているアシュヴィン。
すっかり二人の世界である。
その時。
「── お話は聞かせていただきました」
さわさわと衣擦れの音をさせて姿を現したのは狭井君。
一見優しそうなおばあちゃんなのだがれっきとした国の重鎮、中つ国の二大女傑
(現在では、千尋、狭井君、岩長姫の三人で『三大女傑』とこっそり呼んでいる者もいるらしい)の一人である。
「陛下、今、この国がどのような状況にあるか、お判りですね?」
何を考えているのかわからない無表情で狭井君が訊く。
その威圧感に千尋は思わずこくりと喉を鳴らし、
「…ええ、もちろんよ」
答える声は微かに震えていた。
狭井君の視線がアシュヴィンへと向けられる。
「アシュヴィン殿── 姫ならばともかく、一国の王を娶るということがどういうことか、あなたにお判りですか?」
「ああ、だから『通い婚』で妥協した── 本来なら今すぐにでも攫っていきたいのだがな」
くくっと喉の奥で笑ったアシュヴィンは、すぐに真顔に戻って狭井君を見据える。
「今ここで誓ってもいい── 千尋を我が妃に迎えた暁には、両国が共に繁栄していけるよう、この身を惜しまず尽力する、とな」
しんと静まり返った部屋の中、真剣な力強い言葉が響き渡った。
ここにいるすべての者が狭井君の次の言葉を焦れるような思いで待っていた。
ある者は認めてほしい、ある者はきっぱり一蹴してほしい、と。
「── ねえ狭井君、私は王だから……好きな人と一緒にいたいと思ってはいけないの…?」
きゅっと胸元を握り締め、千尋が訴えかけた。大きな目がみるみる潤んできて、今にも雫となって零れ落ちそうだ。
狭井君は、はぁ、とわざとらしい溜息を吐く。
「己の幸福より国の繁栄、それが王たる者の定め──」
「── 狭井君」
厳しい顔つきで説教を始めた狭井君をアシュヴィンが呼んだ。
ちょいちょいと手招きをし、二人して部屋の隅でなにやらしばらく密談して。
頷き合って振り返った狭井君はなぜか満面の笑顔だった。
「お二人が婚姻を結べば両国の友好関係も磐石のものとなりましょう。そして王家の血を絶やさぬよう務めるのも王族としての重要な責務。
それにはお相手がおらぬことにはどうにもなりませんものね」
手のひらを返したような態度の豹変に、固唾を飲んで見守っていた者たちの肩がカクンと落ちた。
その発言は結局のところ『千尋の幸せより国の繁栄』なのではあるが、ともすれば王である千尋よりも影響力の大きい裏の権力者である狭井君が認めたとなれば、
もう誰も反対を唱えることなどできるはずもなく。
千尋の顔がぱぁっと輝き、アシュヴィンはニヤリと笑い、他の者はがっくりと項垂れた。
実はアシュヴィン、狭井君にある提案をしたのである。
『俺と千尋に生まれた最初の子を中つ国の王に据える、というのはどうだ? もちろん、みっちりと帝王学を叩き込んでおくが?』
中つ国の王家の血筋と常世の国の皇族の血筋を引く子ならば指導者として申し分ない、そんな打算があって狭井君は態度を豹変させたのだった。
「そうと決まれば結婚式ですわね。早速お衣装を作らせましょう」
「いや、それには及ばん」
采女を呼ぼうとした狭井君をアシュヴィンがすかさず遮る。
「まあ、式をなさらぬおつもりですか?」
「そうではない── 衣装なら既に作らせてある」
「まあ♥ それは準備のおよろしいこと」
「ちょ、ちょっと待ってアシュヴィン! 採寸とか何にもしてないのに、もし入らなかったりしたらどうするの?」
するとアシュヴィンは質問に答えることなく彼女を引き寄せ、腕の中に閉じ込めた。
その行動に、その場にいた一同がギョッと目を剥く。
そんな視線もお構いなしにアシュヴィンは千尋の身体をぎゅっと抱き締めてから背中や腰の辺りをさわさわと撫でた後、彼女の肩に手を置いて身体を離し、
「問題ないだろう── ふむ、我ながら大した目利きだな」
一人悦に入っているアシュヴィン。メジャーいらずの眼力、恐るべし。
「── アンタどんな目で千尋を見てたんだよっ!」
一人噛み付いたのは那岐だった。
兄妹のように育ってきた彼の複雑な思いは大きく膨らんで爆発してしまったらしい。
「だいたい結婚なんてものをそんな簡単に決めていいのか !? なんでみんな黙ってるんだよ!」
「那岐……」
千尋が泣きそうな顔になったのに気付いた遠夜が、いきり立つ那岐の腕をそっと押さえた。
「……引き裂けば蒼眼が翳る……神子が幸せなら、オレも嬉しい……」
「そうですね……陛下のこれまでは過酷なものが多過ぎましたから」
「そうだな、彼女の幸福を奪う権利は俺たちにはない」
「ええ……千尋が笑っていてくれるなら、俺はそれで」
遠夜を援護するように同門三人組が意見を翻して。
「あんたら…………あーもう! 結婚式でもなんでもさっさとやれば!」
那岐は苛立たしげにガリガリと頭を掻き。
「よっしゃ、とにかくめでたい! 宴だ宴! 酒持って来ーい!」
サザキの一声で結婚前祝の大宴会が始まるのだった。
中つ国、常世の国、両国を挙げての盛大になるだろうと思われる結婚式を数日後に控え、千尋は衣装合わせのために根宮を訪れていた。
「……すごーい、素敵なドレス…」
広いアシュヴィンの私室の一画に巡らせた衝立の向こうから、千尋の感嘆の声が聞こえてくる。
彼が用意していたのは、百合の花を思わせるような豪華な純白のウェディングドレス。
「まぁ、本当によくお似合いですこと。アシュヴィン様のお見立てに狂いはございませんでしたね」
女官が誉める言葉に千尋は嬉しそうに笑っていて。
ゆったりと椅子に腰掛け、アシュヴィンもその声を笑みを浮かべて楽しんでいた。
「サイズもぴったり……でも……この辺りは…」
少々悲しげな小さな声が聞こえて来た。
「大丈夫ですわ。ほんの少し詰めればよろしいだけですもの」
「そう…かな?」
そして、さやさやと衣擦れの音をさせ姿を現した千尋に、アシュヴィンは息を飲む。
「── 綺麗、だな」
思わず呟いてしまうほど、純白の衣に身を包んだ千尋は美しかった。
「やだ、もう」
真っ赤になって俯いてしまった彼女の胸元、少しだぶついている布地── 彼女の言う『この辺り』なのだろう。
アシュヴィンははにかんでいる花嫁に見とれながらも、『少々願望が入りすぎたか』とこっそり舌打ちするのだった。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
ご、ごめんなさいっ! 受け取り拒否してくださってかまいません!
『皆に冷やかされつつも祝福される感じ』というリク内容をほとんど無視した出来上がりに
なってしまいました(汗)
はふー、ちょっとした難産。
ギャグなのにおもしろくない…。甘くもない……。
キャラをたくさん出すとさすがに動いてくれませんねー。
あ、遠夜の声はみんなに聞こえてる設定で。
いつかリベンジを!
由貴さま、リクエストありがとうございました(期待はずれでごめんなさい)。
【NOTICE】
このSSは、リクエスト主さまに限り、お持ち帰りフリーです。
サイトをお持ちの場合、掲載していただいてもかまいません。
その場合、当サイトへのリンクは任意としますが、このSSが『神崎悠那』作であることを
必ず明記してくださいますよう、お願いいたします。
【2008/12/22 up】