■君のためにできること

【ご来訪ありがとう2008 大リクエスト大会】
瑞樹さま からのリクエスト/ED後のラブラブ常世夫婦

 禍日神が滅び、世界に平和が戻ってしばらく経った頃。
 常世の国の后妃であることにもようやく慣れてきた千尋は、慣れたが故に自分の立場に疑問を感じ始めていた。
 自分は后妃として、この国のためになることをやれているのだろうか。
 妻として、夫のために役に立っているのだろうか、と。
 夫であるアシュヴィンは寝る間も惜しんで各地を飛び回っている。
 千尋も彼と一緒に、または単独で視察に出かけたりもするが、その頻度と重要度は比較にならない。
 各地に出向いても、人に教えられるような知識など持たない彼女は村人たちを励ましたり、ほんの少し作業を手伝ったりすることしかできないのだ。
 アシュヴィンに対してもそう。
 くたくたになって帰ってくる彼に『復興目指して頑張ろうね』と声をかけることしかできない。
 それがもどかしくて仕方ないのだ。
 もちろん、彼女は留守がちな夫の代わりに根宮を預かるという大きな職務を立派に果たしているし、『平和の象徴』である彼女の訪問は村人たちに生きる希望を与えている。
 アシュヴィンも彼女の存在に日々の疲れを癒し、活力を得ているというのに。
 そんな大きな効力を発揮している自覚のない千尋は、ただ悶々と悩むばかりだった。

 夜も更けて、やっとアシュヴィンが自室に戻ってきた。
「お疲れさま」
「ああ── と言いたいところだが、少し休んだらすぐに出る」
 肩から外したマントを近くの椅子にバサリと放り投げ、アシュヴィンは歩みを止めずに寝台に向かう。
 縁に腰掛けブーツを脱ぎ捨てると、そのまま後ろへぱったりと倒れ込んだ。
「えっ、出るって……どこへ…?」
「北の国境で少々問題が起きたらしい」
 目の上に腕を置いて、気だるげに答えるアシュヴィン。
「問題って、何が?」
「案ずるな、戦にはならん」
 揶揄の混ざった穏やかな声は、千尋を厄介事に巻き込まないための彼の優しさの表れ。
 だが、こんな時彼女は特に自分の無力さを痛感するのだ。
「そう……」
「……そんな顔をするなよ」
 俯いてしまっていた千尋が顔を上げると、目の上に置いていた腕を額の方へとずらしたアシュヴィンが笑いながら手招きをしていた。
 なんだろう、と思いながら近づくと、伸ばされた彼の手にガシリと腕を掴まれて。
「きゃっ!」
 再び寝台に倒れ込んだアシュヴィンに引っ張られ、千尋も寝台へダイブ。
 そのまま抱き枕のようにぎゅっと抱きすくめられてしまった。
「あ、あ、アシュヴィン…!?」
「……おとなしくしていろ……半刻ほど寝かせてくれ……」
 そう言ったかと思うと、アシュヴィンはあっという間に寝息を立て始めた。
 くたくたに疲れきっている彼のために何かしたい── 湧き上がる思いに千尋は温かな彼の腕の中で必死に策を巡らせるのだった。

 明けて翌日。
 準備を終えた千尋は夫の帰りを今か今かと待ちわびるのみとなった。

*  *  *  *  *

 アシュヴィンが根宮に戻ってきたのは、既に深夜というより明け方に近い時間だった。
 夢の世界に遊んでいるであろう妻を起こさぬよう、そっと扉を開けて中へ滑り込む。
「── !」
 確かに彼女は眠っていた── 寝台に横たわってではなく、テーブルに突っ伏して。
 おそらく自分の帰りを待っていたのだろう。
 戻る時間を聞かれた時に『わからない』と言っておけばよかった、と後悔しながらも、浮かぶ笑みは隠し切れない。
 誰かが待ってくれているということがこんなにも嬉しいと知ったのは、彼女と共に在るようになってからだ。
 彼女が自分の妻としてそこにいてくれるだけで喩えようのない充足感を得られ、どんな不可能なことでも可能にできるとすら思えてくる。
 蜀台のほのかな明かりに照らされて輝いている金の髪。
 まるで彼女自身が光を放っているような錯覚に囚われ目を細める。
 寝台へ運んでやりたいが、さて椅子に座りテーブルに突っ伏す彼女を如何にして起こさず運べるか、と思案していると、気配を感じたのか彼女が小さく身じろいだ。
 むくりと身体を起こし、眠そうな目を手の甲でぐしぐしこすり、うーんと背伸びをして小さなあくびをひとつ。
 バチッと目が合った。
 瞬間、彼女は開いた口をぱくんと閉じ、代わりにとろんとしていた目がぱっちりと見開かれる。
「あ、あ、あ、アシュヴィンっ !? 帰ってたの !? お、お疲れさまっ!」
「ああ、遅くなってすまなかった」
「やだ、起こしてくれればよかったのに!」
「気持ち良さそうに眠っていたからな」
 揶揄するようにククッと喉の奥で笑えば、彼女は顔を赤く染めて恥ずかしそうに俯いた。
 と、何かを思い出したようにガバッと顔を上げると、勢いよく椅子から立ち上がる。
「ね、ご飯食べた? お腹空いてない?」
「……そういえば昼以降何も口にしてないな」
「じゃあ食堂に行きましょう!」
 腕にぎゅっと抱きついて、そのまま部屋を出ようとする千尋。
 本当は食欲よりも先に睡眠欲を満たしたいというのが本音なのではあるが、待たせてしまった罪滅ぼしのつもりもあって彼女の成すがままにされておくことにした。

 食堂に着くと、千尋は席に腰を降ろしたアシュヴィンを残し、いそいそと厨房へと駆け込んでしまった。
 眠気で傾きそうになる身体を頬杖で必死に支え、待つことしばし。
「お待たせっ!」
 目の前に置かれた皿の中で、見慣れぬ料理がほわほわと湯気を立てていた。
「………なんだ、これは…?」
「あ、あのね、作ってみたの…」
「お前が、か?」
「そう……私が前にいた世界では一般的な料理でね、その、口に合うかどうかわからないけど……」
 不安そうな千尋の視線の中、渡された箸でジャガイモをひとつ、恐る恐る口に放り込む。
 肉から出たコクがしっかり染み込んだホクホクのイモは、口の中でほろりと崩れて溶けていった。
「………美味い」
「ほ、ほんと !? あー、よかったぁ……」
 すっかり緊張が解けたのか、千尋はへなへなと空気が抜けたかのように隣の椅子へと崩れ落ちた。
 彼女が『夫のために何ができるだろう』と考えた結果、思いついたのは手料理を食べてもらうことだったのである。
 メニューはもちろん、過去に過ごした世界で『女の武器』とも言われた『肉じゃが』。
 箸の進むアシュヴィンの姿を満足げに見守る千尋の顔には幸せそうな笑み。
 アシュヴィンは一皿をペロリと平らげると、前触れもなく千尋にふわりと抱きついた。
「……こうしてお前の手料理に迎えられるのも、いいものだな」
「ふふっ、こんな料理でよかったら、いつでも作るわ」
「ああ……頼む……」
「……? アシュヴィンっ !?」
 千尋の身体にズシリとかかる重み。
 ホクホクの肉じゃがで身も心もホカホカになったアシュヴィンは満腹になったお陰で睡魔に完敗し、 笑ってしまいそうなほどに見事に蕩けきった顔のまま、厨房で待機していた料理人たちに担がれて部屋へ戻ることになったのである。

*  *  *  *  *

 こうして妻の意外な特技に味を占めたアシュヴィンはちょくちょく千尋に手料理をねだるようになり。
 彼女が何気なく漏らした『私の肉じゃがは風早と那岐にも好評だったのよ』という発言が彼の余計な対抗心に火をつけてしまったのは、また別のお話──

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 『照れ屋の千尋がアシュを喜ばそうと頑張る様子』というリクだったのですが……
 ごめんなさい、気がつけば『照れ屋』と『頑張る様子』がすっぽり抜けてます(汗)
 ほわほわした雰囲気の中、アシュの『千尋ラヴ♥』を感じていただけるといいのですが…
 あ、あの世界にじゃがいもがあるのか、とかお醤油があるのか、とかいうツッコミはナシで。
 ……あれ? 『君のために〜』ってどっかで聞いたことあるぞ(逃走)
 瑞樹さま、リクエストありがとうございました。

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【2008/12/17 up】