■As usual for them

【ご来訪ありがとう2008 大リクエスト大会】
蒼さま からのリクエスト/甘くてとろけちゃいそうな夫婦の日常

「── 千尋」
 背後から呼びかけられた声はよく知ったもの。
「なあ──」
 千尋はたった三文字の『なあに』という短い返事すらも最後まで言わせてもらえなかった。
 振り返ると同時にすぃと顎を攫われ、口を塞がれる── 戦の動向も政略も関係なく、名実共に『夫』となった男の唇によって。
 口付けされるたび無意識に息を止めていた彼女が『鼻で呼吸すればいい』と知ったのはごく最近のこと。
 長い口付けの後、酸欠に喘ぎながら苦しさを訴える彼女に夫── アシュヴィンは『お前の鼻は何のためにあるんだ?』と楽しげに笑ったのだ。
 それ以降、アシュヴィンから贈られる口付けは回を追うごとに更に長く、そして深くなり。
 頭ではわかっていてもそうそう実行に移せない彼女は、口付けされるたび軽い酸欠で眩暈を起こして彼の胸に倒れ込む羽目に陥った。
 今回も例外に漏れず、咄嗟にアシュヴィンの胸元を掴んだ千尋の手からどんどん抜けていき、彼女の細い腰を捕らえた彼の腕にはそれに比例するように重みがかかっていく。
 カクン、と膝が折れたところでアシュヴィンは彼女の唇を解放し、すかさず抱き締めながらくつくつと笑った。
「いい加減慣れてもらえるとありがたいんだが」
「そ…そんなこと言われたって……」
 アシュヴィンは胸に顔を埋める彼女の頭を優しく撫でつつ笑みを深くする。
 肩までの長さのさらさらと手触りのよい金の髪が指の間をすり抜けていった。
 その時。
 コンコン、と小気味よいノックの後、
「── 失礼します。陛下、昨日陳情のあった農地整備の件ですが──」
 ギィ、と蝶番の軋みと共に開かれた扉はいつも微笑んでいるような細い目の有能な側近の姿を見せたかと思うと、 口元をヒクリと引きつらせた彼の『失礼しました』という言葉を残し、再びギィと閉められた。
「も……もうっ、リブに見られちゃったじゃない…!」
「夫が妻を抱き締めて何が悪い?」
「は、恥ずかしいでしょ!」
「見せ付けてやればいいさ、皇と妃の仲睦まじさをな」
「ダメ! ………もう、こんなところでいきなりキスなんてしないで」
 長い戦が終結し、国の復興に着手して忙しい日々を送る夫の見るも無残な執務室の様子を見るに見かね、彼女自身も多忙の中、 無理矢理時間を作って片付けるべく訪れていた千尋は消え入りそうな声で呟いて、耳まで真っ赤になった顔を隠すようにアシュヴィンの胸に額を摺り寄せた。
 そんな彼女の様子があまりに愛おしすぎて、彼は腕の中の存在を更に強く抱きすくめるのだった。

 根宮の一画に、女性ばかりが集まる部屋があった。
 『常世復興計画推進室 女性部会』と黒々と墨書きされた看板の掲げられた一室── 男女共同参画の世界で育った千尋によって『女性視点のきめの細かい復興計画を提案していこう』という目的のもと立ち上げられたものである。
 構成は千尋を筆頭にさまざまな年代の女官十数名。
 ちょっとしたカンファレンスルームのような長机の並ぶ部屋でのなかなか充実した意見交換の真っ最中、ひょっこりと顔を見せたのはアシュヴィン。
 突然の皇自らのお出ましに、女官たちの間に緊張感が走る。
「どうだ、いい案は出たのか?」
「ええ、後で報告に行こうと思ってたんだけど」
 椅子から立ち上がった千尋は書記係の女官から議事録の竹簡を受け取ると、自分の前の机の上に広げた。
 つかつかと近づいてきたアシュヴィンは彼女の隣── ではなくほぼ真後ろに立ち、肩越しに覗き込む。
「やっぱり小さな子供を育てている世帯には早急な援助が必要だと思うの」
「ふむ、そうだな」
「それから、病気の人のために土蜘蛛の人たちに何人か来てもらえないかしら」
「ああ、エイカに要請しておこう」
「ええ、お願いね………って…あ、アシュヴィン…?」
 話している間にもアシュヴィンの腕は千尋の身体に回されて、後ろから羽交い絞めする形になっている。
 首をずっしりと彼女の肩に乗せて前を覗き込んでいるので、二人の頬はぴったりとくっついていた。
「なんだ?」
「……まだ会議中だから、離れて? ね?」
「気にするな。ほら、次の案を言え」
「だっ、だから…っ、後でちゃんと報告に行くってばっ」
「……わかった」
 アシュヴィンはしぶしぶ彼女の拘束を緩めると、今にも倒れてしまうのではないかと思われるほど真っ赤になっている彼女の頬にチュッとわざと音高く口付けた。
 そして続けざまに耳元で『早く来いよ』と囁いてから、マントを翻して部屋を出て行ったのである。
 残された千尋はといえばへなへなと椅子に座り込み、恥ずかしさの極みに机に突っ伏して。
 一部始終を見せ付けられていた気の毒な女官たちは、上気した頬を押さえて視線を逸らすことに懸命になるのだった。

 一日の職務を終え、アシュヴィンは自室へと戻る。
「── お疲れさま」
 笑顔で迎えてくれるのは一足先に仕事を終えた愛しい妻。
 ああ、と答えてすぐさま口付け抱き締める。
 リビングと寝室を兼ねたこの部屋でだけは彼女は文句を言わない。
 主のいない昼間は掃除や何かで女官の出入りがあるものの、彼らが戻ってからは意図的に呼びつけない限り誰も訪れることのない完全なプライベート空間だからだ。
「あ、あのね、アシュヴィン…」
 ん、と答えて下を覗き込むと、腕の中でぽぅっと頬を染めた千尋が上目遣いにおずおずと口を開く。
「あの、ね……昼間みんながいる前では、あんまりくっついてきちゃダメだからね?」
「何故だ?」
「だっ、だって、恥ずかしいじゃない! お願いだから……ね?」
 目をうるうるさせて、首をこくんと傾げる『お願いポーズ』の千尋は殺人的に可愛らしかった。
 アシュヴィンは口の端に笑みを乗せ、
「それは約束できかねるな」
「ど、どうして !?」
「……俺の心が── お前と片時たりとも離れることを拒むんだ」
 ぽつりと呟くと、千尋は目を瞬かせ、はにかんだように目を伏せた。頬の赤みを更に濃くして。
「だが、国を纏める責務がある以上、無理なことだとわかっている。だからお前に手が届くたび、俺はお前を抱き締める。 場所も人目も関係ない── 俺にそうさせるのは、俺の心を捕らえたお前の責任だ」
「ちょっ、わ、私の責任って !?」
「だから諦めてくれ」
 ニッと笑ってそう言い放ち、アシュヴィンは紡がれかけた千尋の抗議の言葉を強硬手段で堰き止めた。

 しばらくの後──
「── だから早く慣れろと言っているだろう?」
 楽しそうな笑みを浮かべるアシュヴィンは、すっかり力が抜けてしまった千尋の身体を大事そうに抱きかかえ、寝台へと運んでいくのだった。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 う、うわぁぁぁっ、なんなんだこりゃっ !?
 年齢制限が必要ですかっ !?
 ずっとシリアス書いてたせいか、頭の回線が妙なところへ繋がったらしいです。
 アシュの『何が何でも千尋らぶ♥』をコンセプトに書いてたら、こんなのできました。
 ここ最近、あたしの目に留まったキャラは『キス魔』という裏設定が
 自動的に付与される傾向にありまして……(汗)
 ちなみにタイトルの訳は『彼らにとってはいつものこと』。
 『あまあま』ですか? 『メロメロ』ですか?
 ……すみません、穴掘って埋まってきます(泣)
 蒼さま、リクエストありがとうございました。

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【2008/12/12 up】