■ふぉ〜りんらぶ番外編 【17:5W1H】
常世の国の根宮では、近頃ちょっとした問題が起きていた。
「── あっ、姫様だっ!」
「まずい、逃げろっ!」
長い廊下の端に小さな姿を見つけた文官たちが慌てふためき逃げていく。
皇アシュヴィンの一人娘・ラクシュミ姫は、決して皆から嫌われているわけではない。
愛らしく聡明な姫は宮で働くものから顔すら知らない国の民まで、誰からも好かれているのだ。
なのに、なぜ文官は逃げたのか?
それは姫が聡明であるが故、人一倍好奇心も旺盛だということに起因する。
そう、一度捕まってしまえば『なぜ?』『どうして?』の質問攻めにされてしまうのだ。
『これはなに?』『あれはだれ?』といった質問ならいくらでも答えられる。
だが、例えば『どうしてそらはあおいの?』と問われ、文官たちは弱った。
姫の母親ならば、あるいは答えられたかもしれない。空が青く見える仕組みが科学的に説明づけられた世界に暮らしたことがあるのだから。
しかしこの世界の人間には『神様がそうお創りになったから』としか答えることができなかった。
姫の聡明さは、そんな答えでは満足しなかったのである。
文官や武官たちなら姫を回避する方法はいくらでもあった。
たとえ捕まってしまったとしても『仕事がありますゆえ、御前を失礼いたします』と言えば、賢い姫はすぐに解放してくれた。
だが、その方法が使えないのは血縁関係にある者たち。
完全プライベートな時間に捕まってしまえば、もう逃げる術はない。
今回姫の質問攻めのターゲットにされた気の毒な人物は、年若い叔父と物静かな伯父だった。
仕事からまだ解放されない両親を待たずに伯父たちと夕食を済ませたラクス姫は、ナーサティヤの膝の上にちょこんと座り、
食後のデザートの林檎をしゃくしゃくと噛み砕くことに専念していた。
そんな姫の姿を少し離れたところでスケッチしているシャニ。
なんとも和やかなひと時である。
ラクスは食べやすいように小さくカットされた林檎の一切れにさくりと竹のフォークを刺し、ぐいっと身体を捻って椅子代わりになってくれている伯父の口元に差し出した。
「はい、なぁな」
ふむ、と唸ったナーサティヤは素直に口を開ける。
「あーっ、いいなあ兄様! ラクス、僕にはくれないの?」
ラクスはナーサティヤの口から引き抜いたフォークに新たに林檎を刺して、嬉しそうにシャニへと差し出してくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがと、ラクス」
シャニは画材を持ったまま椅子から立ち上がり、差し出された林檎にパクリとかぶりつく。
しゃくしゃくとした歯ざわりと甘い果汁を堪能しながら席に戻ってスケッチを再開しようとしたシャニは、はて、と首を傾げた。
たった今機嫌よく林檎をくれた姫が、なにやら難しい顔をしていたのである。
「どうかした?」
「……なぁなは、しゃにの『にいさま』なの?」
「そうだよ。ラクスの父様も僕の兄様だよ。兄弟だからね」
「『きょうだい』……? らくすのきょうだいはどこにいるの?」
「え……」
思わずシャニは彼女の背後の兄の顔を見た。彼の困った表情は、多分自分も同じだろうと思った。
「えーと……今はいない、かな」
「えーっ、らくすも『にいさま』ほしい!」
「うーん、それはちょっと無理かなぁ。弟か妹なら可能性があるんだけど」
するとラクスの顔がぱぁっと輝いた。
「おとうとかいもうとがいたら、らくすが『にいさま』になるの?」
「ふふっ、ラクスは女の子だから『兄様』じゃなくて『姉様』になるんだよ」
「『ねえさま』………うん、らくす、ねえさまになる!」
「── だって。頑張ってね、兄様、義姉様♪」
シャニはにっこり笑って、戸口で笑っている兄と、真っ赤な顔で夫の後ろに半分隠れている義姉に向かってウィンクした。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
ふふふ、お約束お約束っと。
ま、第2子への布石といいますか。
サティが無口すぎる(笑)
『質問攻め』と話を振ったわりに、あんましシャニも困ってないし(汗)
ラクスがサティの膝の上にちんまりと座ってるってだけで満足したあたし(笑)
【2009/09/15 up/2009/10/22 拍手より移動】