■ふぉ〜りんらぶ番外編 【15:優しい出会い】
根宮の回廊から見える中庭には『姫の庭』と呼ばれる一画がある。
ラクシュミ姫誕生の記念に植樹された楢の木はずいぶんと背を伸ばし、いずれは張った枝に『ぶらんこ』なるものをつけるのだと姫の母親は張り切っている。
それから山から切り出してきた石で丸く囲んだ小さな砂場、綺麗な花を咲かせる花壇。
そして摘んで遊べるようにとわざわざ野草を植えた一画は、今の季節は蓮華草の鮮やかな薄紅色に染まっていた。
蓮華草で花冠を作ることに興じていたラクシュミは黙々と茎を繋げることに没頭していた。
幼さゆえの手先の不器用さは冠にできるほど蓮華を長く繋げられないにも関わらず、持ち前の根気強さで放り出すなんてことはしない。
傍についていた女官は小さな姫の年齢にそぐわぬ忍耐に感嘆と微笑ましさの笑みを浮かべ、降り注ぐ暖かな日差しに乾いたであろう喉を潤してもらおうと、
飲み物を取りにそっとその場を離れた。
堅牢な城壁に囲まれた根宮内部であり、回廊を行き過ぎる人の目もあって、小さな姫を一人残していても大きな危険はないのだ。
野草の中に座り込む彼女に降り注ぐ日差しを、ふいに大きな影が遮った。
空模様が心配になって上を見上げると、いつの間にか初老の男が二人、そこにいた。
小さなラクシュミからすれば巨人にも見える彼らは優しい目で彼女を見下ろしている。
「── 花冠を作っておられたのか?」
後ろ髪を結わえ、立派な口髭を湛えた屈強そうな男が口を開く。
「うん……えと……だぁれ?」
こくん、と首を傾げて訊ねると、男は身体に似合わぬ優しい笑顔を浮かべ、
「わしは姫のお父上が幼い頃、お世話をさせていただいた者にございます」
「……あれにとっては、お前の方が父親のようなものだったな」
異世界の子供ならば『サンタさん』と形容しそうな、豊かな白髪に豊かな顎髭の老人がくつくつと笑う。
口髭が、そうかもしれませんな、と豪快に笑った。
そんなやり取りをする男二人を、ラクシュミは紫がかった大きな蒼い瞳でじっと見つめていた── 特に顎髭の方を。
その視線に気付いた口髭が、
「これは失礼しました。姫、こちらは──」
「らくすの……じぃじ?」
男たちははっと息を飲み、互いに顔を見合わせる。
「……なんと聡いことか」
「さすがは我が孫よ」
「ふ…それは自画自賛が過ぎますぞ」
自分をほったらかしにして楽しそうに笑い合う二人にはさすがのラクシュミも痺れを切らし、服の裾を引っ張ってやろうと手を伸ばす。
しかしそこにあるはずのものが掴めない、という理解できない現象にきょとんとして目をしばたたいた。
「……すまぬな、そなたを抱き上げてやることも叶わぬ身ゆえ」
悲しみを含んだ優しい目で見下ろす顎髭がぽつりと呟く。
「── さて、そろそろ戻りませぬか」
「…頃合い、か」
「えーっ、もうかえっちゃうの?」
いつの間に作ったのか、口髭は眉を曇らせる幼い姫の頭の上に白い花の冠をそっと乗せた。
「はい、我らは在るべき場所へ還らねばなりません」
「また、きてくれる?」
「それは……」
「── そなたの天寿の先で待っておる」
困ったように言葉を濁した口髭の言葉を継いで、顎髭がふさふさの髭の下で柔らかく微笑んだ。
ちょうどその時。
「─── ス、ラクス〜! どこにいるの〜!」
回廊の奥から聞こえてくる、姫を探す声。
「お母上がお呼びですぞ、早く戻られませ」
口髭に促され、ラクシュミはひょいと立ち上がると、
「またあそぼうね!」
二人に向かって大きく手を振って、くるんと身体の向きを変えて声のする方へと駆け出した。
「── かぁさまー!」
回廊と中庭とを繋ぐ階段をとんとんとん、と軽やかに駆け上がると、お菓子の入った小さな籠を持った母がニコニコとラクシュミを迎えてくれた。その足元にばふっと勢いよく抱きついて。
「お父様を誘っておやつにしましょう……あら? 花冠を作るのが上手になったのね、ラクス」
「ううん、らくすじゃないの。おひげのじぃじがくれたの」
「おひげの…?」
ラクシュミの母、千尋は中庭を見渡してみた── が、誰の姿もない。
「ふさふさのじぃじもいたよ。らくすのじぃじだって!」
「え……?」
「── 何をやってるんだ、早く来い」
愛する妻と娘の来訪を待ちかねたのか、二人の声を聞きつけたアシュヴィンが執務室から出てきた。
「あ……それがね、よくわからないんだけど……」
困惑顔の千尋に首を傾げながら、アシュヴィンは娘の小さな身体を片手で軽々と抱き上げる。
「何があったんだ、ラクス?」
「んとね、おひげのじぃじとふさふさのじぃじがいたの。おひげのじぃじはとぉさまのおせわをしたんだって。ふさふさのじぃじは、らくすのじぃじなんだよ」
嬉しそうに話すラクシュミ。
彼女の話すことが事実なら── 間違いなくあの二人だ。
「会いに来て……くれたのね…」
「そう、らしいな……」
アシュヴィンはほろりと涙をこぼす妻をそっと引き寄せ、腕の中の大切な二人をしっかりと抱き締める。
中庭には咲いていないはずのシロツメクサの花冠が、小さな姫の頭を誇らしげに飾っていた。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
あたしには珍しい不思議話を書いてみました。
某様よりいただいた拍手コメントからできたお話です。
妄想コメントを送っていただくと、こんなこともあるかもしれませんよ?(ニヤリ)
【2009/01/28 up/2009/02/12 拍手より移動】