■ふぉ〜りんらぶ番外編 【12:おてんば姫の冒険】
※本編終了後のお話です
根宮の回廊で武官と話をしていたナーサティヤは、不意にくいっとマントを引っ張られて振り返った。
が、そこには誰の姿も見えず。
何かがもぞっと動く気配に視線を下へと向けるとマントを掴んでいる幼い少女がひとり。
淡いブルーの衣に身を包み、愛らしい顔立ちに薔薇色の頬。
肩までの長さの見るからに柔らかそうなストロベリーブロンドの髪はくるんくるんと元気に跳ねていて。
見上げてくる大きな目には紫がかった蒼い瞳がキラキラと光っていた。
「……ラクス、か……母は一緒ではないのか?」
『ラクス』と呼ばれた少女は拗ねたように顔をしかめ、唇を尖らせる。
ナーサティヤのマントからぱっと手を放し、もう一方の手に持ってる布のようなものをきゅっと胸元で握り締めた。
「……なぁな、とぉさま、どこ?」
彼女の言う『なぁな』とはナーサティヤのこと。幼さゆえに『ナーサティヤ』と言えず、彼女限定でこの呼び方がすっかり定着してしまっているのである。
ナーサティヤは彼女の前に片膝をついて目線の高さを合わせてやった。
「執務室には行ってみたのか?」
こくん、と頷くラクス。
「りぶがね、ここにはいないって」
「そうか……」
ちょうどその時、回廊の奥からカツカツと響く足音と人の話し声が近づいてきた。
くりん、と効果音が聞こえてきそうな勢いで音の方へと振り返ったラクス。
ぱぁっと顔を輝かせ、見えた人影に向かっていきなり駆け出した。
「とぉさまーっ!」
文官に囲まれ回廊を闊歩していたアシュヴィンの顔が、駆け寄ってくる小さな姿に一変する。
── 皇の顔から父親の顔へと。
「どうしたラクス、伯父上に遊んでもらっていたのか?」
ぶんぶんぶん、と首を横に振るラクス。
アシュヴィンは彼女の小さな身体をひょいと抱え上げ、胸で受け止め足を支えてやる。
「あのね」
とラクスはずっと握り締めていた布をアシュヴィンの目の前でそっと広げて見せた。
中から出てきたのは橙色の小さな球体が一つ。
「金柑、か」
ラクスはこくんと頷いて、
「あのね、きんかんはおのどにいいんだってかぁさまがいってたの。とぉさまのごほごほ、なおるよ」
「母様がお前に持たせてくれたのか?」
ラクスは愛らしい唇をきゅっと噛み締め、バツが悪そうにそっぽを向く。
数日前から風邪気味だったアシュヴィン。
『金柑の蜂蜜漬けを作ってみるわ。風邪にいいんですって』と彼の妻が言っていたのは昨日のこと。
今朝部屋を出る時に少々咳き込んだ姿を見ていたのか、どうやら蜂蜜漬けを作り始めた母親の元から黙ってくすねてきたらしい。
そんな愛娘の行動が、父親としては嬉しくないわけがない。
「そうか、ラクスはその金柑を父に届けに来てくれたんだな」
こくん、と頷いて。
「ならば食べさせてくれるか?」
「うん!」
ラクスはそっと摘んだ金柑を、開いて待っているアシュヴィンの口へ運ぶ。
ころん、と口の中に転がってきた球を奥歯で噛むと、じゅわっと溢れてくる甘い果汁。
喉を通る爽やかな刺激は、なるほど傷んだ喉に効きそうだ。
ふと腕にかかる重みに気がつくと、いつの間にかラクスは首に抱きついてウトウトしていた。
大人でも広いと感じる根宮は、彼女の小さな身体では無限にも近いほど広大なものだろう。
大事に布に包んだ一粒の金柑を手に父の姿を探し回るのも、彼女にとっては大冒険だったに違いない。
愛娘のぷにぷにの頬に感謝と溢れる愛しさを込めてそっと口付けて。
「ラクシュミ姫様のお優しさは妃殿下譲りですなぁ」
その光景のあまりの微笑ましさにしみじみと呟く文官たち。
愛する妻と娘を一度に誉められて気を良くしたアシュヴィンはニヤリと笑い。
今頃慌てて探し回っているであろう妻の元へ、目的を見事果たして眠ってしまった小さな姫を送り届けるべく、足取りも軽く自室へ戻るのだった。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
ああっ、いきなり数年後 !?
うちのサイトの二世は今のところ女の子率100%(笑)
第2子は男の子で『クリシュナ(クリス)』と決めてます、あたしの中では(笑)
なんかほのぼのなのが書きたくなったんだよ〜。
タイトルは、知ってる人は知っている某有名RPGより拝借。
【2008/12/26 up/2009/01/05 拍手より移動】