■ふぉ〜りんらぶ番外編 【8:復縁・その後】
※本編第16話を先にお読みください。
優しく触れ合っていた唇をゆっくりと離すと、千尋は深く俯いてしまった。
顔を覗き込んでみれば彼女は心配になるほどに顔を真っ赤にして、目をぎゅっと瞑っている。
子を身篭っているとは思えない、この初々しさは一体何なんだ?
アシュヴィンの口元に笑みが滲んでいた。
身体を乗り出しただけの無理な体勢から本格的に寝台の上に乗り上がり、彼女の傍に腰を据える。
彼女の背中に腕を回して引き寄せ、やんわりと抱き締めてみた。
ビクッと僅かに震えて身体を硬くしたものの、すぐに力を抜いて胸に凭れてくる。
それを合図に抱き締める腕に少しだけ力を込めて、彼女の背中の中ほどまでを覆う金糸の髪をそっと撫でた。
手触りのよいしなやかな髪が、絡みつくことなく指の間をすり抜けていった。
しばらくの間飽きることなく柔らかな手触りを堪能してから、彼女の華奢な肩に手をかけ身体を離す。
そっと頬に手を添え、さっきまで涙で濡れていた目の下をゆっくりと親指でなぞる──
泣かせてしまったことを詫びるかのように。
潤んだ蒼い瞳が揺れていた。
アシュヴィンが再び彼女の紅い唇に触れようと顔を近づければ、千尋はゆっくりと目を閉じた。
が。
「── ごめんっ!」
唇が触れ合う寸前、カッと目を見開いた千尋はアシュヴィンの胸をドンッと両手で押しのけ、寝台から飛び降り部屋から駆け出してしまったのである。
「な………??」
寝台の上に取り残されたアシュヴィンはただ呆然とするのみ。
これまでの流れをふまえても、今更拒絶される理由がわからない。
しばらくすると千尋がよろよろと戻ってきた。やけに疲れた顔をしている。
そんな彼女の背中を支えているのは、今朝見かけた見知らぬ土蜘蛛の女だった。
「あらまあ、なんてお顔をなさっているのですか?」
なんて顔、と言われて思わずアシュヴィンは顔に手を当てる。
土蜘蛛はくすくすと笑いながら、千尋を助けて寝台に座らせた。
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。
私は土蜘蛛のシズル、千尋様のご出産までのお手伝いをさせていただきたく参上いたしました」
シズルは満面の笑みを浮かべて恭しく頭を下げた。
「あ……ああ……よろしく頼む」
「ご心配の必要はありません。
お子が順調にお育ちになっている証拠ですわ」
「は……?」
一瞬彼女の言葉の意味が解らずポカンとするが、そういえば今朝の千尋も食堂から同じようにして飛び出していた、と思い出す。
「……ああ……『つわり』というやつか」
にっこり笑って頷いたシズルは、ああそうだわ、と呟いて、
「よい機会ですので、少々お話をさせていただいてよろしいですか?」
「……ああ、かまわんが」
そして『新米パパのためのマタニティ講座』とも言うべきシズルの話は夜中まで続き、いつしかコテンと転がってくぅくぅ寝息を立てている千尋を恨めしそうに見下ろしながら、 アシュヴィンはげっそりと項垂れるのだった。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
本編でシズルさんを捏造したものの、今後活躍できそうな場面がなかったもので(汗)
【2008/12/03 up/2008/12/09 拍手より移動】