■ふぉ〜りんらぶ番外編 【7:ある朝の光景】
※本編第14話を先にお読みください。
少々寝坊してしまったシャニは空腹を満たすべく食堂へ向かった。
中は概ねいつもの光景。
既に食べ終えた長兄・ナーサティヤが静かにお茶をすする向かい側で次兄夫妻が並んで朝食をつついている。
が、いつもと違うのはその次兄夫妻の間隔だった。いつもより随分と隙間が広いのだ。
「……兄様と義姉様、また喧嘩?」
彼らはよく、他人が聞けば『勝手にしろ』と言いたくなるような、取るに足らない喧嘩を繰り広げる。俗に言う『犬も食わない夫婦喧嘩』というヤツである。
シャニは苦笑しつつ自分の席──
長兄の隣に腰を降ろした。
「今日は何?」
「シャニ、聞いてよ!
アシュヴィンってば、絶対に私を連れて行かないって言うのよ!」
「お前が行ってどうなるものでもないだろう?」
「でも励ましたり片付けを手伝ったりはできるわ!」
「お前を連れて行くくらいなら、お前と同じ重さの食糧を持っていったほうがよほど有用だと思うがな」
「私も荷物を持てば、もっとたくさん物が運べるじゃない!」
頬杖を吐いて、はぁ、と呆れたような溜息を吐く次兄。
どうやら彼らの喧嘩の原因である行き先というのは、先日の大雨による河の氾濫の被害に遭った村らしい。
人的被害は出なかったようだが、家財や作物は甚大な被害を受けたと聞いている。
「……俺の目的は河の治水工事の算段だ。
見ていて楽しいものでもないだろうが」
「見てるつもりはないわ。
アシュヴィンが河にいる間、私は村のお手伝いをすればいいことだもの」
「── いいんじゃない?
村の人たちも義姉様の顔を見れば元気になるよ、きっと」
「でしょでしょ?
もっと言ってやって!」
后妃である義姉の人気はこの国では絶大なのだ。
その后妃自ら村を訪れれば、それだけで村人たちは励まされ、被害からの復興への力が湧くことは明白である。
シャニはそう思ったから義姉の意見に肩入れしたのだが、彼女の隣に座る兄からは『余計なことを』と言いたそうな鋭い視線で睨まれてしまい、思わず肩をすくめた。
「そうだシャニ、これから種を蒔ける野菜って何かな?」
「うーん、僕、野菜のことはあんまり詳しくないから……農政担当の文官に聞いてみるけど?」
「できれば種を持って行きたいの、何かが育っていくのを見ると元気になれると思うから……お願いできる?」
「うん、任せて」
早速手配しようと席を立ったところで、次兄に呼び止められた。
「シャニ、その必要はないぜ。千尋を連れて行くつもりはないからな」
「もう!
どうして私が行っちゃいけないの !?」
「── お前、ずっとあちこち飛び回ってただろう。
昨日も戻ったのは夜中過ぎだ。
少し休め」
「私は大丈夫よ。
昨日もぐっすり眠ったから平気だわ」
「ほぅ……」
次兄は頬杖をついたまま、目を細めて隣の義姉に意味ありげな視線を送る。
「── ならば、手加減無用、ということか?」
「なっ !?
い、今はそういう話をしてるんじゃないでしょっ!」
ボンッと一気に顔を赤く染めた義姉を不思議に思ったシャニは、
「……ねえ、『手加減無用』ってどういう意味?」
小さな声で訊ねた長兄はゴフッと喉に物を詰まらせたような咳をして、
「……お前は知らなくていい」
ぽつりとそう答えた。彼もまたなぜか頬の辺りが少し赤い。
「── とにかくお前は残っていろ。
いいな?」
「いや!
私も行く!」
次兄の最後通牒に、反論の叫びを上げた義姉。
「ずっと別行動だったんだもの、たまにはアシュヴィンと一緒がいいの!」
更なる義姉の叫びを聞いた次兄は一瞬目を見開いてから、ふ、と溜息を漏らした。
呆れ、というよりは、愛する妻の可愛いわがままを聞いてやることにした『降参』の意味だろう。
「── 他の者は先に発たせて、俺たちは黒麒麟で後を追うとするか。
それならお前ももう少しゆっくりできるだろう?」
「やった!
嬉しいっ!」
次兄は義姉のキラキラと輝くような笑みに満足したように頬を緩ませた。
「………丸く収まったみたいだね」
「……そのようだな」
いつの間にか不自然な隙間をなくして仲良く朝食を頬張っている次兄夫婦を横目で見ながら、シャニとナーサティヤは顔を見合わせ溜息を吐くのだった。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
レッツ深読み!(笑)
【2008/11/25 up/2008/12/03 拍手より移動】