■ふぉ〜りんらぶ番外編 【6:元・保護者の意趣返し】

※本編第10話を先にお読みください。

 昼寝好きの年若い王をせっついて無事に今日の仕事をすべて片付けた風早は、本日の仕事内容をしたためた竹簡をくるくると巻き上げつつ、窓の外に目をやりながら、ふぅ、と息を吐いた。
 そこに見えた、沈んでいく真っ赤な夕陽を背景にふよふよと浮かぶ黒い物体に一瞬ドキリとする。
 手に持った竹簡もそのままに、立ち上がって窓に近づくと黒い物体がすぅっと近寄ってきた。
「── どうしたんですか、黒麒麟?」

 しばしの間、窓越しに見詰め合っていた二人(?)。
 巻いた竹簡の端でこつんこつんと自分の顎をつつきながら、風早が唸った。
「……なるほど、アシュヴィンは頭を打って記憶喪失になったわけですか」
 人の形のものと獣の形のもの、双方により会話が行われた形跡はないのだが、話はちゃんと通じているらしい。
「彼の意思ではないとはいえ、千尋を泣かせるとは許せませんね」
 まったくだ、と言わんばかりに黒麒麟がフォウと鳴く。
「うーん……記憶を取り戻すには、記憶を失った時の衝撃を再び与えてみる、というのがセオリーなんですが……」
 ヒキッ、と黒麒麟の顔が引きつったように見えた。
「はははっ、冗談ですよ。 アシュヴィンは岩に頭をぶつけたんでしょう?  そんな致命傷になりかねないこと、さすがに試してみる勇気はありませんよ」
 風早にぺしぺしと首筋を叩かれている黒麒麟の長い顔につうと汗が一筋流れ落ちた。
 人の傍に居すぎたせいか、顔を引きつらせたり脂汗を流したりと、なかなか芸が細かい。
 へらへらと笑っていた風早が突然真顔になり、考え込むように腕を組む。
「それにしても困った状況ですね。俺の力でなんとかできればいいんですが……わかりました、様子を見に行ってみましょう。 とはいえ、この千年の俺の『役目』はひとまず終わってますが、日々の仕事が山ほどあるので少し時間が掛かるかもしれません。 それまで千尋を見守ってあげてもらえますか?」
 黒麒麟がフォウと鳴く。 『もちろん』の意味を込めて。
「……さて、どうしたものか……」
 俯いてしばし考え込んでいた風早は再び外へと視線を戻す。
 そこにはもう黒い獣の姿はなく、さっきより幾分赤さと暗さを増した空が広がっていた。

*  *  *  *  *

 ようやく仕事に目途をつけ、人ならざる力を振るうべく赴いた常世の国。
 この国に嫁いだ彼の大切な姫は既に光明を見い出し、毅然と前を見て歩き始めていた。
 安心すると同時に一抹の寂しさも感じながら、力を振るうことなく宮を後にする。
 そこに姿を現したのは、すべての原因である男だった。
 自分の正体を知るほんの僅かの『人』の一人。
 なのに『見知らぬ者』を見るような冷たい視線を向ける彼。
 そんな目を向けられた彼女はどんなに傷つけられただろうと思えば心が痛んだ。
 まあ今の彼の視線には『見知らぬ者』という意味以外のものも込められているけれど、と風早は苦笑した。
 そして彼の口から出た言葉に、風早は大きな心配は消せないものの安心したのだった。

『── 千尋を中つ国に連れ戻そうというのではあるまいな?』

 普通に考えれば『政略結婚で国を結びつけた二人が別れれば、国同士の関係が悪化する』ことを懸念して、ということになるだろう。
 だが、彼の口調の中からは別のものが感じられたのだ。
 連れ帰られると困るんですか?
 そんな意地悪な質問はとりあえず飲み込むことにした。
 記憶を失ってしまった今の彼も、彼女のことを憎からず思っているらしい。 ひょっこり現れた『中つ国からの客』に嫉妬の混じった視線を向けるほどに。
 それならそれで、その気持ちを言葉にして彼女に伝えてやってほしいものではあるのだが。
 記憶が戻った時には覚悟しておいてくださいね、と軽く脅して、彼の横を通り過ぎ。
 門まで辿り着いて振り返ってみると、彼は呆然と立ち尽くしたままで。
「……ははっ……ちょっと薬が効き過ぎましたかねぇ」
 風早は苦笑しつつ頬をポリポリと掻く。
 ここを訪れた時に笑顔で迎えてくれた、以前の戦いの折に彼のことを見知っていたという門衛に再び笑顔で見送られ、大きく開かれた門を出る。
「── 千尋のこと、頼みましたよ、アシュヴィン」
 呟いて微かな笑みを零し。
 さて、彼の記憶が戻った暁にはどうしてやろう、と考える。
 ここはやはり、異世界での『教師』の経験を生かして滔々と説教してやろう、とニンマリ。
 記憶を失った彼には気の毒ではあるが、大切な姫を泣かせた事実は事実として、これまで以上に姫を大切にしてもらうために元・保護者として言いたいことはきっちり言っておかなければ。
 そして風早は中つ国へ戻る時間短縮のため本来の姿に戻るべく、近くの森を目指して歩き出した。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 またも黒麒麟大活躍(笑)
 実は彼が風早にチクっていたという(笑)
 ここで黒麒麟に関するMy設定をば。
 彼は、初代白麒麟だと思うのです。
 で、白龍が何かの用事で黒龍のところにおつかいに出したら隷属させられちゃった、と。
 まあ、黒龍の白龍に対するイヤガラセですわ(笑)
 その時に黒龍に力を奪われて、人型になったり神としての大きな力を
 使用することができなくなったんじゃないかと。
 で、白龍が二代目として作ったのが風早白麒麟。
 あと、アシュと柊は風早の正体を知ってるんだよね?ね?

【2008/11/02 up/2008/11/04 改】