■ふぉ〜りんらぶ番外編 【4:黒麒麟、ゲットだぜ!】

 『凶暴な黒い生き物が村や人を襲っている』── そんな噂を耳にして、アシュヴィンは被害の最も多いとされる村へ赴いた。
 生き物、と言えば漠然としているが、聞き込みをしてみるとそれは『大きな鹿のようだった』『少し小さめの馬のようだった』らしくイメージするのは容易い。
 少々学のある者は『あれは麒麟に間違いない』と言い張った。
 しかし、古来より麒麟とは龍神の使いであり、それ自身もまた神である、と伝えられている。実際に見た者などかつていないのだ。
 村を守ろうとした若者たちが一度は森へ追い詰めたものの、惜しくも取り逃がしたらしい。
 その麒麟らしき生き物はふわりと舞い上がり、空を翔けていったのだ、と。
 鹿にしても馬にしても空を舞うことなど不可能。
 おそらく『麒麟』に間違いないのだろう。
 だが、神の眷属であろうと、ただの獣であろうと、ただでさえ疲弊していく一方の国をさらに荒らすなど、許しておけるはずもなく。
 アシュヴィンは以前追い詰めた麒麟を取り逃がしたという森へ足を運んでみることにした。

 分け入った森の奥、樹木のまばらな開けた場所に、それはいた。
 確かに鹿のようでもあり、馬のようでもあり、しかしそのどちらでもなく。
 決定的に違うのはその身体が宙に漂っていること。 足元の蹄の下は草が静かにそよいでいた。
 これまでどんな敵と対峙した時にも感じたことのない薄ら寒さがアシュヴィンの背筋を走り抜けた。
 艶のある漆黒の身体に毒々しい赤の蔦模様。
 神に生み出されし聖なる獣の神は、神々しさよりも禍々しさすら感じさせた。
 ふと、黒い麒麟が振り返る。
 赤くぎらつく双眸は怒りか憤りか。
「フッ……神の使いも闇に堕ちればただの獣か……」
 得物を抜き放てば、彼を敵と認識した麒麟がすっと姿勢を低くした。勢いをつけ空へ舞い上がる。
 上空で身を翻した麒麟はほとんど真っ逆さまにアシュヴィンへと突っ込んできた。
 麒麟の喉元目がけ、刃を横へ一閃する。
 が、かすりもせず、見えない足場を踏んで向きを変えた麒麟は再び空へと戻っていく。
 これでは戦いに慣れていない村人たちの手に負えるはずもない。
 追い詰めたつもりが、逆に追い詰められているような気さえしてくるのだ。

 空から迫ってくる麒麟へ刀をふるい、あるいは後ろへ飛びすさって避ける。
 そんなことを幾度も繰り返しているうち、徐々に麒麟の癖、行動パターンが読めてきた。
 麒麟はアシュヴィンの目の前で方向転換する時、ほぼいつも右── アシュヴィンから見て左── へと身を翻すのだ。
 アシュヴィンは左手を腰の小刀にかけ、右手に持った長剣を左下へ構えた。
 赤い目をさらに赤くぎらつかせ、麒麟が空から急降下してくる。
 剣の間合いで薙ぎ上げたが手応えはなく。
 眼前の麒麟の身体は左側へと流れつつある。
 剣を振るとほぼ同時に左手で逆手に握った小刀を左の前方へ突き出した。
 ガッ、と重い衝撃。
 痺れの走った手を思わず放すと、声なき声で苦鳴を上げた麒麟がその場へ倒れ臥していた。
「……我が民を傷つけた報いだ」
 前脚の付け根のほぼ中ほどに突き立った小刀をぐっと力を込めて抜き取れば、赤い血が吹き出した。
 神の眷属といえど獣の姿をしている以上、血肉を備えているらしい。
 横たわる麒麟の身体がピクリと僅かに緊張した。
 全身がほのかな淡い光に包まれたかと思うと流れていた血は止まり、傷口がみるみる塞がっていく。
「ほう……まだ続けるのか?」
 ゆらり、と麒麟が立ち上がったのだ。
 しかし、その赤い目に戦意はもう見られない。
 アシュヴィンは長剣と血を振り落とした小刀を仕舞い、
「── お前がどういう存在かは知らんが、森の奥で静かに暮らせ。 民を害することは許さん── いいな?」
 バサリとマントを翻し、戦いの場を後にする。
 が。
 深い木立に入ろうとしたアシュヴィンが振り返ると、黒い麒麟はぴたりと後ろについて来ていたのだ。
「………俺と共に来る、というのか…?」
 フォウ、と麒麟が鳴いた。
「ふ……妙なものに懐かれたものだな……まあいい。 ならばいずこにいようと俺の呼びかけには即座に応えよ。 俺の命には何があろうと必ず従え。 それができるなら、共に来ることを認めてやる」
 もう一度、フォウ、と鳴いた麒麟がやけに嬉しそうに見えて、アシュヴィンは珍しく声を立てて笑ったのだった。

*  *  *  *  *

「へぇー、そんなことがあったんだ」
「まあな」
「他の獣の神も力を見せることで協力してくれるようになったから、黒麒麟もそうだったのかもしれないわね」
「そうかもしれんな」
「じゃあ、白麒麟があまり私のところに来てくれないのは、戦ってないから?」
「どうしてそうなる?」
「昔ね、傷ついた白麒麟の手当てをしてあげたことがあるの。 でも、戦って力を見せたわけじゃないから、認めてもらえてないのかもしれないわ」
「いや……その白麒麟、お前に相当な恩義を感じていると思うがな」
「でも、呼んでも来てくれなかったわ」
「そりゃ忙しかったんだろう── 今なら案外すぐに飛んでくるかもしれんぞ?  まあ距離があるから多少時間はかかるかもな」
「えっ、アシュヴィンは白麒麟がどこにいるか知ってるの?」
「まあ……一応な」
「えーっ、ずるいっ!  私にも教えてっ!」
「そのうちにな……さて、もうそろそろ他の男の話はやめていただこうか?」
「えっ、『男』って……?  ん──」

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 アシュと黒麒麟の出会いを妄想してみました。
 まるでポ○モンのようだ(笑)
 終盤の二人、どんな状況で話してるんでしょうねぇ(笑)

【2008/10/12 up】