■ふぉ〜りんらぶ番外編 【3:アンバランス】

 アシュヴィンが部屋に戻ると、千尋が姉から譲り受けたという弓を構えていた。
 部屋の中で何を血迷って、と思ったが、よく見れば矢はなく、弦を指で摘んで引き絞っているだけ。
 ほっとしたのも束の間、妙な違和感に気がついた。
 間違い探しをするかの如く、彼女の後ろ姿をじっと眺める。
 相変わらず美しい立ち姿。
 顔は見えないが、おそらく視線で射抜くような凛々しくも美しい眼差しをしているに違いない。
 けれど何かが違う。
 はて、と腕を組んで考えていると、ふとその違いに気がついた。
 アシュヴィンはそっと彼女の背後に忍び寄ると両腕を彼女の細い腰に回し、
「……何をしているんだ?」
 と耳元で囁いた。
「きゃあっ !?」
 彼女の叫びと緊張から解放された弦が空気を震わせる音がユニゾンする。
「あ、アシュヴィンっ !?  な、なにって、み、見ればわかるでしょ、弓の練習に決まってるじゃないっ」
 何をそんなにうろたえているのか、耳まで赤くなっている彼女の様子に思わず笑いがこみ上げてくる。
「練習ならなぜ利き腕を使わん?」
 そう、千尋は右利きのはずなのに左手で弦を引いていたのである。
 左右が違えば違和感を感じるのも当たり前のこと。
「そ、それは……ほら、どっちの手でも使えたら便利かなーって思ったっていうか…」
 両利きを目指してのことなら、あれほど慌てる必要もないはず。 アシュヴィンの嗜虐心に火がついた。
「ほう……それだけか?」
 後ろから抱きしめた腕にきゅっと力を込める。
 と、千尋がカクンと項垂れた。 空いていた左手で胸元を押さえ、
「あの…その…えと……弓を使い始めてから右の方が大きくなったような気がして……左手も使ったら、左も育つかなーって……」
 彼女の肩越しに前を覗き込み、蘇ってきた手の感触に『あーそういえば』と呟いてみる。
 すると千尋は慌てて胸の前で腕をクロスさせ、身体をよじってアシュヴィンの方へ振り返った。
「アシュヴィンにもわかるくらい大きさが違ってる !?  やだ、どうしようっ」
 どうしよう、と悩むほどの差異はないだろうに。 そこが気になるのが女心というものなのだろうか。
「ならば、左も育てばいいんだな?」
「……え?  ちょ、ちょっとアシュヴィンっ、何するのっ !?」
 アシュヴィンは抱きしめていた千尋の身体をそのままひょいと抱え上げたのである。
「妻の悩みを解消してやるのも夫の務めというもの。 協力してやろうと言ってるんだ」
「ちょ、や、お、おかまいなく!」
「そう遠慮するな。 左を重点的に、でいいんだな?」
「い、いや、遠慮しますっ!  降ろしてーっ!」
 ニコニコ顔のアシュヴィンは暴れる千尋もなんのその、楽しそうに寝台へと向かっていった。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 胸の話(笑)
 昔、弓道部の友人がそんなことを言ってたような記憶があるんだよね。
 本編より書くのが楽しいおまけシリーズ(笑)
 やっぱ方向性を見失ってるな、あたし。

【2008/10/04 up】