■ふぉ〜りんらぶ番外編 【1:アシュと千尋の『あなたの村におじゃましま〜す♪』】
「んーっ、いい空気っ!
この道を歩いていると森林浴もできて一石二鳥ですよね、アシュヴィンさん」
「……ああ」
「リアクション薄っ!
それはさておき、今回私たちがおじゃまするのは根宮から西へ徒歩でおよそ5日、山に囲まれたあちらの村で〜す!
あの村ではなんとっ!
先日、天然の温泉が見つかったそうなんですよ〜。
ね、アシュヴィンさん」
「……だからこうして向かっているんだろうが」
「もー、ノリが悪いなぁ……さて、村に到着するまであと10分ほどかかりそうなので、一旦スタジオにお返しします。
スタジオのリブさ〜ん?」
「……はーい、リブでーす…」
後ろから遠慮がちに聞こえてきた声に、アシュヴィンはくるりと身体の向きを変え、びしっと指を突きつけた。
「リブっ!
お前もいちいちこいつの戯言に乗ってくるなっ!」
「や、そうはおっしゃいましても……」
「ちょっと、なんでリブに怒鳴るのよっ!」
「お前が一番やかましいっ!」
アシュヴィンは千尋の頬を両手でむにっと摘んで横に引っ張る。
「ひゃひひゅんひょひょっ!(なにすんのよ!)」
「フッ……こうしておけば、お前も無駄なおしゃべりをせずにすむだろ?」
「ははひへっ!(はなしてっ!)」
ぱっと手を放され、千尋は恨みがましい視線をアシュヴィンに送りつつ、ひりひりする頬をそっと撫でた。
「くだらん……俺は先に行くぞ」
踵を返したアシュヴィンのマントが大きく空気を孕んで舞い上がる。
と、彼は振り向きもせずにスタスタと村へ向かって早足で歩き始めた。
「えっ、ちょ、ちょっと待って!」
慌てて千尋が追いかけ始めると、アシュヴィンは歩く速度を上げていった。
千尋が小走りになっているのをチラリと確認すると、今度は本格的に走り出す。
「ちょ、なんで走るのっ !?
待ってってばっ!」
『てれびのれぽーたー』ごっこから追いかけっこへ。
なんとも無邪気な皇夫妻の様子に、置いて行かれてしまったお付きの者たちが一斉に吹き出した。
「妃殿下の目がリブ殿へ移ったとたん、アレですからなぁ」
「まったく、陛下も子供っぽいというか」
「それが嫌なら最初から『れぽーたーごっこ』とやらに付き合って差し上げればよいものを」
目元に涙を浮かべ、ひーひーと苦しそうに腹をさすりながら大笑い。
今日も常世の国は平和である。
* * * * *
村へ到着すると、気付いた村人たちがわらわらと集まってきた。
あっという間に二人は蟻に群がられた砂糖のような状態になる。
『蟻』は村の子供たち。
大人たちは少し遠巻きに人垣を作っている。
「ちひろさま〜、きょうはなにしてあそぶ〜?」
「おにごっこ!」
「ずる〜い!
おままごとがいいっ!」
千尋は子供たちと同じ目線になるように、地面に膝をついた。
途端に彼女の姿は子供たちに埋もれていく。
アシュヴィンはぽつんと取り残されて、その様子を見ていることしかできなかった。
子供と言うものは正直なもの。
『でっかくてちょっと怖そうなお兄さん』より、『優しくて綺麗なお姉さん』の方が圧倒的に好きなのである。
「ごめんなさい、今日は行くところがあるからみんなと遊ぶ時間がないの」
「あ、もしかしてうらやまのおんせん?」
「そうよ」
「ぼくもいく!」
「わたしも!」
「私もみんなと一緒に行きたいけど、もしかしたら危ないかもしれないの。
それを調べに行くから、みんなは村で待っていて、ね?」
「うん、わかった!」
── なかなか素直でよろしい。
微笑ましい光景を目を細めて眺めていたアシュヴィンは、ふと、あることに気がついた。
子供たちの可愛らしい手が、千尋の華奢ではあるがそこそこメリハリのある身体のあちこちを這い回っているように見えたのだ。
── いやまて、あれは子供だ。
単にじゃれついているだけで……
自分に言い聞かせている間にも、小さな手はアシュヴィン以外触れてはならぬ『あんなとこ』や『こんなとこ』へ無遠慮に伸ばされている。
ぶちっ。
何かがキレてしまったアシュヴィンは、子供の山の中から一本釣りのように千尋をぐいっと引っ張り上げ、宝物を隠すように彼女の身体を腕の中に抱きこんでしまった。
ぽかーんと見上げる子供たち。
周りで見ていた大人たちはなんとなく彼の気持ちが理解できて、笑いを噛み殺すのに必死になっている。
アシュヴィンは、ごほっ、と咳払いをひとつ。
「……遊ぶなら、また今度な」
ひょいと千尋を抱え上げ、すたすたと裏山の方へ歩いていく。
「あ、アシュヴィン !?」
ちょっぴり赤く染まっているアシュヴィンの顔を不思議そうに覗き込む千尋。彼女の顔も熟れた林檎のように真っ赤になっている。
後ろからは大爆笑の声。
── 子供に向かって『俺の千尋にベタベタ触るな!』なんて言えるかっ!
言えずとも態度で示してしまっていることには気付いていないアシュヴィンだった。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
長編第2話もまだ掲載していないというのに番外編とは何を考えてんだ !?
……とお思いでしょうが。
2話書いてて『こりゃ補足の話が必要かな〜』と思い始めまして。
それならいっそ、1話につき1本、おまけの小話を書いてみようかと。
本編が暗いので、きっと明るい話になると思われます。
今回は第1話に出てきた温泉村について書いてみました。
『あぁ、この後あんな悲劇が…』と思うと、逆に切なくなったりして(汗)
【2008/09/30 up】