■Fall in love with you again and again 【18:『僕は何度でも君に恋をする』】

「── ねえ、アシュヴィン」
 千尋は風になびく髪を押さえながら、身体を捻って振り返りつつ呼びかけた。
 降り注ぐ日差しはまだ夏のものではあるが、幾分秋めいてきた風は高度と相まって爽やかで心地よい。
「なんだ?」
「私、後ろに乗っちゃダメ?」
 彼らは今、黒麒麟の背に揺られて橿原へ向かう空の旅の途中なのである。

*  *  *  *  *

 思い出の花である笹百合の中で記憶を取り戻したアシュヴィンは、すっかり身体の力が抜けきって立てなくなってしまった千尋を抱え上げて丘を降りた。
 騒ぎに気付いて駆けつけていたシャニに向け、いろいろと心配をかけてすまなかったな、とおよそ詫びているとは言えない不敵な笑みを浮かべて詫びの言葉を口に乗せ。
「兄様っ、記憶── 見ればわかるから聞かなくていいや」
 じっとりとした目で苦々しい笑みを浮かべている弟の様子を不思議に思えば、小道に下ろしてやったはずの千尋が腕の中でもがもがと苦しそうに暴れていた── 無意識に抱き締めてしまっていたらしい。
 その後、アシュヴィンにより『千尋妃懐妊』が発表されるや否や根宮は祝賀ムードで盛り上がり、飲めや歌えの大宴会が催され。
 祝賀ムードは常世の国内にも波及して、古い言い回しをするならば『千尋(&まだ見ぬ皇子or姫)フィーバー』が巻き起こり、今もなお衰えることなく続いている。
 そして千尋が安定期に入り、土蜘蛛二人から遠出の許可が下りたところで、彼女の故郷に向けて出発したのである。

*  *  *  *  *

「── それにはお応えしかねるな」
「え〜?」
「不用意に後ろに乗せて落としでもしたら、俺は皆に顔向けができん」
「うー…」
「何より俺を絶望させるな。おとなしくそこにいろ」
「……はーい」
 くすくすと笑い、千尋はアシュヴィンの胸に背中を預けた。
 彼女を守り抱きかかえるようにして前に伸ばしたアシュヴィンの手には手綱が握られていた。
 以前のようにたてがみを掴んで乗るのではどうしても前屈みになり、彼女の身体に負担がかかってしまう。 獣の姿とはいえ神の眷属である麒麟に手綱をかけるのは躊躇われたが、そこは彼女のため。 自ら彼女の背凭れとなり、快適な旅を提供するための処置である。
「── どうしてまたそんなことを思いついた?」
「どうしてって言われると……ただアシュヴィンに抱きつきたいなって思っただけよ」
「可愛いことを言ってくれるな……それなら地上に降りたら好きなだけ抱きついていればいい」
「今!  今がいいの!」
「……お前は子供か…?  我侭を言うな」
「だって……」
 千尋はしゅんと俯いてしまった。
 風に弄ばれる髪が跳ねる度、細いうなじが見え隠れする。 そこはほんのりと赤く染まっているようで──
「……だって、幸せだな〜って思ったら、アシュヴィンを抱きしめたくなったんだもの…」
 思いもよらぬ理由にアシュヴィンは一瞬目を見開き、すぐに頬を緩ませる。
 手綱から離した片手を彼女の幾分大きくなった胸とふっくらと目立ち始めた腹の間に回してきゅっと引き寄せ、首筋に顔を埋めた。
「まったく、お前という奴は……」
「もう!  そんなに呆れなくてもいいじゃない!」
「呆れたんじゃないさ。 そういうお前だから── 俺を惹きつけてやまないんだろうな」
 腕の中の華奢な身体がヒクッと固まって、アシュヴィンはくっと喉の奥で笑う。
「── 記憶を失くしていた時も、俺はお前のことが気になって仕方がなかった。 俺は── 何度お前に出逢っても、お前に惹かれるんだろう」
───── や──
 小さな声は風に阻まれて聞き取れなかった。
 アシュヴィンは彼女の首筋から顔を上げ、首を伸ばして彼女の顔を覗き込む。
 またも真っ赤になって照れているのかと思いきや、その横顔に見えたのは真っ直ぐに前を見つめる真剣な眼差し。
「── 何度もなんて、私は嫌だわ。 出逢うのは一度だけでいい── 出逢ったら、ずっとがいい」
 彼女の辛かった思いが滲み出た言葉に、アシュヴィンの彼女を抱く腕に力が籠もる。
 同時に泣きたくなるほどの愛しさがこみ上げて。
「── だが、事実は事実だ。 敵として出逢ったお前も、仲間となったお前も、妻となったお前も俺を惹きつけた。 その想いは積み重ねられ── 今回のことでは塗り替えられたようなものだが── 母となるお前も、そして母となったお前もこの子と共に俺を惹きつけて放さないのだろう── 限りなく、な」
 時々中で動いているのがわかるようになってきた腹を慈しむように撫で。
 じわじわと赤く染まっていく彼女の耳に顔を寄せて追い詰めるように言い募る。
「も……もうっ!  耳元でしゃべったらくすぐったいってば!」
 照れが度を越して拗ねてしまった愛する妻を、アシュヴィンは言葉に言い表せない想いを伝えるべく、しっかりと抱きすくめた。

 そして──
 背中で騒いでいる二人── いや三人をちらりと振り返り、黒麒麟は満足そうにフォウと鳴いて、揺らさないよう慎重にその身を空高く舞い上げるのだった。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 祝・完結っ!
 別名、黒麒麟大活躍物語!(笑)
 何かアシュ千を書かなきゃ!と思っていた時に、『泣きそうなアシュが千尋に抱きつく』という
 シーンがひょっこり降ってきたんですよ。
 それで書き始めてみたものの、こんなに長くなるとは……
 やっぱりあたしの書く長編は進むにつれグダグダになってゆく運命に。
 ラスト2話、もう少し練りこみたかった……
 サブタイトルをつけるのがだんだん面倒になって、途中結構いい加減につけてます。
 ほぼおまけ的エピローグ第18話。書いててカユかった…アシュ、クドい…(笑)
 ラスト辺りでを千尋ちゃんにタイトルを思いっきり否定されてしまいました。
 それは遙か4の設定をも否定する発言のような…
 1話書いたら即UP、という無謀なやり方だったので流れがブチブチ切れ気味だし…
 思った以上に反響をいただいて、嬉しいやら申し訳ないやら。
 ここまでの長丁場、お付き合いくださって感謝感激雨あられでございます。
 自分でも納得できず、書き直したい部分も多々あるにはあるのですが、
 後は番外編を数話書いて、完全にこのお話を締めたいと思います。
 お読みいただきありがとうございました。

【2008/12/08 up】