■Winter Dream 知盛

 退屈だ。
 このぬるま湯に浸かっているような毎日が。

 俺の視線の先にあるテレビの画面の中では、二人の男が早口でまくしたてている。
 その様子を間近で見ている客たちからドッと笑いが起こる。
 俺には何が面白いのか、全く理解できないが。
 傍らにあったリモコンでテレビの電源を切ると、急に辺りが薄暗くなる。
 窓の外を見やれば、空は夕暮れと夕闇が溶け合った紫紺の色になっていた。
 俺は明かりをつけることもなく、手を頭の後ろで組むと、ソファに背を委ね、静かに目を閉じた。

「── り、知盛っ!」
 聞こえた女の声に目を開く。
 が、開いたはずの目の前にも暗闇が広がっていた。
「… 夜、か…」
「もうっ、こんなところで寝たら、風邪引いちゃうでしょっ!」
 声の主が動く気配があった後、カチッと小さな音が鳴り、部屋の中に光が溢れる。
 暗闇に慣れた目にはあまりに眩しくて、顔をそむけて目を瞑った。
「ね、出かけない?」
 ゆっくりと開けた目の前には、俺の顔を覗き込む女の笑顔。
 死と隣り合わせにいることでしか生を感じることができなかった俺を、この生ぬるい世界に連れてきた張本人。
 源氏との和議の前夜、夜通し剣を交えた女。
 俺への執着心に目をぎらつかせ、迷いなく剣を振り下ろした。
 そんな女なら俺を楽しませてくれるかとついてきてみれば、この生ぬるさだ。
 しかし、不思議と後悔の念はない。
 女の名は、春日望美── かつて「源氏の神子」と呼ばれた女だ。

「…… この寒空に、なぜわざわざ外へ出る?」
 クッションを抱いて、ソファに身体を沈める。間髪いれず、望美がクッションを引き取った。
 チラリと目をやれば、唇を尖らせた望美の頬がみるみる膨らんでいった。
「いいから行くのっ! ほら、コート着てっ! はい、手袋とマフラーっ!」
 望美の言葉と共に、膝の上に積み重なっていく衣類。
 言い出したら頑として聞かない女だ。
 俺は渋々上着を着込み、出かける仕度を始めた。

 街の通りは夜にしてはひどく明るく、人で溢れていた。
 家族連れもいるが、ほとんどがピタリと寄り添い、楽しげに語らう男女だった。
 こんな寒い夜に出歩くとは、物好きが多いものだ。そういう自分もその中のひとりだということに気付いて苦笑する。
 道の両脇の街路樹には、蛍が群れているかのように明かりが灯っている。
 吐く息は白く、ますます寒さを助長する。
 横を歩く望美は、ただ黙々と歩くのみ。
「… 何処に行く気だ?」
 頭に浮かんだ疑問をふと口に出してみる。
 望美は俺を見上げ、柔らかな微笑を浮かべた。
「どこにも行かないよ。クリスマスのイルミネーションを知盛と一緒に見たかっただけ」
 この小さな光の集まりを見るためだけに、この寒空に出てきたということか。
「…これの、何が面白い…?」
 俺の一言に、望美の顔がさっと曇る。
「だって… 綺麗だし…… それに、夢、だったから」
「夢…?」
「その… す、好きな人と、イルミネーションの下を歩くのが──」
 望美は耳まで赤くして俯く。耳と鼻は寒さで元々赤くなってはいたが。
「夢、か…」
 俺の夢は何だったのだろう。
 戦に勝つこと── それは「夢」ではなく、そうせねば生き残れなかったに過ぎない。生き残らなければ二度と「死」を感じることができないからだ。
 それが今はどうだ。
 他愛無い夢を語る女を愛しいと感じ始めた自分がいる。
 ─── だが、それも悪くない。
 俺は辺りをチラと見回すと、周囲の男女に倣って望美の肩を抱き寄せる。
「えっ、と、知盛っ !?」
「… こうするものなのだろう?」
 望美は嬉しそうに顔をほころばせた。
 そのまま光の粒の下を歩き始める。
 しばらくして、コートの背をキュッと掴む感触が生まれた。そのくすぐったさに思わず笑みが零れる。
 こんな平穏が、退屈でなくなる日も近いのかもしれない。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 リハビリ第1作。
 ED後まもなくな設定。
 プラトニックな知望もアリかもしれない。
 つーか、書きたいことが表現できないよぉ…。

【2005/12/23 up】