■真 実 知盛

 俺の名は、平 知盛。
 ある女に出会い、強く望まれてこの異世界に来て一年が経つ。
 初めのうちは、亡き我が兄の甦りとして数年を共に過ごした有川将臣の家にやっかいになっていたが、 ひょんなことから大金を手にし、独立した。今は、「まんしょん」とかいう巨大な建物の一室に居を構えている。

 「ひょんなこと」を少し話そう。
 俺は、有川の家でただ無為な時間を過ごしていた。戦もない平穏な時間は退屈としか言いようがない。
 昼間は俺をこの世界に導いた女── 源氏の神子・春日望美と有川兄弟は「学校」という場所へ行っている。
 ただ一人退屈な時間を過ごしていた俺は、そこであるものに出会ったのだ。
 それは「ゲーム」というものだった。
 両手にすっぽりと納まる「こんとろーらー」というものを使い、「てれび」というものの中に映る人物を操作して襲ってくる敵を斬っていく。
 この手に斬った感触を味わえないのはもどかしいが、退屈しのぎには丁度よかった。
 だが、だんだんと物足りなくなっていった。
 ── もっと血の花を咲かせたい。
 そんなことを説明書に挟まれていた「ゆーざーあんけーと」とかいう紙に書き綴って出してみた。すると、ゲーム会社の人間から連絡があり、 出した企画が採用されてしまったのである。そのゲームはその過激さから年齢制限がついたらしいが、爆発的に売れたらしい。
 そして、俺には今、「げーむくりえいたー」という肩書きがついている。

 今日は休日だった。
 朝から望美が部屋の片付けをするべく訪れている。ここに移り住んでからは恒例となっていた。
 1週間分の洗濯、掃除、台所の片付け── 溜まった仕事は山とある。男の独り暮らしなのだ、仕方あるまい。
 ソファにもたれ、咥え煙草をくゆらせながら、立ち上る煙の間から動き回る望美の姿を目で追っていた。
 楽しげに鼻歌交じりで家事をこなす望美に、源氏の神子として戦っていた片鱗はまったく見えない。いくつもの時空で、 幾人もの俺と斬り結んだと言っていたが…。
 和議の成る前夜、まっすぐな燃えるような目で見据える望美と剣を交えたのが嘘のようだった。しかし剣を打ち合う音が鳴り響く中で 俺を本気にさせた女は、平穏な時間の中でも俺を捉えて放さなかった。

 掃除機が唸り声を上げながら近づいてくる。
「望美」
 愛しい女の名を呼ぶ。別に用はない。ただ呼びたかっただけだ。
 俺の声は掃除機の唸りに掻き消され、望美は呼ばれたことに気付かない。長く伸びた灰を落とさないように、咥えた煙草を揺らすまいとして 声を出したのも原因だろう。
 俺は衝動的に望美の腕を掴んでいた。その振動が灰を胸元に落としてしまった。
「うわっ、びっくりしたっ! あーあーあーもうっ! だから咥え煙草はよしなさいって言ってるでしょ!」
 落ちた灰に気付いた望美が小言を垂れる。俺の手を振り払い、ノズルを胸元に当てて灰を吸い取ると、掃除機のスイッチを切った。 一気に部屋の中に静寂が戻ってくる。
 望美は俺の口から短くなった煙草を取り上げると、テーブルの上の灰皿に押しつぶした。
「火事になったら大変でしょ! ほんとにもう危ないったらありゃしない!」
 小言はまだまだ終わりそうにない。こういう時は、口を塞いでしまうに限る。
 俺はおもむろにソファから立ち上がり、半眼で威圧するように望美を見下ろした。
「な、なによっ」
 たじろいで後ずさろうとした望美の腰をすばやく抱きとめる。
「…… やかましい」
「なっ!」
 有無を言わさず、その赤く色づいた唇を塞ぐ。
 逃げようと腕の中で暴れる望美。そういえば、煙草を吸った後の接吻は「煙草臭いから嫌いだ」と言っていたな。
 唇を離さぬまま、ふと笑みが浮かぶ。
 しかし、俺は逃さないように望美の頭の後ろを片手でしっかりと押さえると、口づけを更に深くした。

 しばらくの後。
 望美は涙眼になった顔を真っ赤にして俺を睨んでいる。そんな顔もまたいとおしいのが不思議だ。
「煙草嫌いって言ったでしょ!」
「クッ… 力を抜いて、俺に身を委ねていたように思ったが… 勘違いだったか?」
「─── 知らないっ!」
 にやりと笑って言った俺の言葉に、ぷいと横を向いた顔の赤さが増していく。
 そんな望美があまりにいとおしくて、再び抱き寄せてしまいたくなる。平日の会えない時間が、欲望を募らせているのだ。 まだ昼前ではあったが、このまま二人でベッドに潜りこむのも悪くない。
 そう考えているうちに、ふと我に返る。
 新作のゲームの企画提出の締め切りが明日なのだ。なんとしても今日中に案を捻り出さねばならない。
 望美はいずれこの部屋に移り住む。この生活を続け、望美を幸せにするためには、職を失うわけにはいかないのだ。
 以前は大勢の人間に傅かれ、ただ剣を握っていた頃には感じなかった必死さを抱いている自分に、思わず笑ってしまった。
「… 難儀な世界に来てしまったものだ……」
「は?」
 知らず口に出てしまった呟きに、望美はよく聞こえなかったのか、怪訝な顔で首をかしげた。
「いや… なんでもない。…… 出かけてくる」
 俺はコートを羽織ると、玄関に向かう。望美の顔の見えるここにいては、気が散って仕方がない。浮かぶ知恵も浮かばない。
「えっ、どこ行くのよっ」
「仕事だ」
「お昼ご飯はっ?」
「いらん」
「もうっ! せっかくのお休みなのにっ!」
「…………」
 文句を言いながらも望美がかけてくれたマフラーを首に巻きつけると、玄関を出た。
 重い扉がガチャリと音を立てて閉まった向こうで、まだ望美がわめいているようだったが、俺は気にしないことにしてそのままマンションを出た。

 ふらふらと街を彷徨ってはみたものの、結局、何も考えがまとまらないまま、夜の帳が落ちた。
 もともと行く当てなどなかったのだから、仕方あるまい。
 街には音が溢れすぎていて、考えなどまとまるはずもない。
 少し静かな店に入り、腰を落ち着けてみたが、仕事のことを考えようとすればするほど、頭に浮かぶのは望美のことだった。
 多少苛立ちを覚えつつも自宅の玄関を開けると、そこにはおたまを片手に仁王のような顔で立ちふさがる望美の姿があった。
「遅いっ! 今日は鍋にするから早く帰ってきてって言ったでしょ! もう、白菜なんてクタクタになっちゃったわよ!」
 俺の鼻先におたまをビシッと突きつけ、険しい顔で怒鳴り散らしている。出がけにわめいていたのはこのことだったか、と笑ってしまいそうになった。 が、ここで笑えばますます機嫌は悪くなるだろう。食べ物のことならなおさらだ。ここは素直に謝っておくのが得策か…。
「…… 悪かったな」
「うわ素直っ! ま、いいや。お腹すいたでしょ、ご飯食べよ?」
 にっこり笑い、くるりと向きを変えて中へ引っ込もうとする望美を引き寄せ、抱きしめた。仕事も鍋も、どうでもいい。
 そして、今まで漠然と考えていたことを口に出してみたくなった。
「お前は、俺と出会う前に── 幾人もの『俺』を斬ったと言ったな…」
「なっ、なんでそんなこと、今さら !?」
 俺の腕の中で、望美が身体を硬くする。
「どうなんだ…?」
「う… うん…… そうだよ」
「…… その後、お前はどうした?」
「へ? ど、どうした…… って、どういう──」
「俺が死んだ後、お前は何をしていたのかと聞いている」
「それは… 聞かない方が… いいかも……」
 抱きしめる望美の激しい鼓動が密着した身体から直に伝わってくる。体温も上がっているようだ。
「お前のすべてを知りたいというのは… 俺のわがまま… か?」
「でも……」
 そこまで拒否するならば、なんとしても聞きたくなる。
「クッ… ならば…… 寝物語の中でなら…… 明日にはすべて忘れてやる。だから、話せ」
 俺は、望美を抱きしめる腕に力を込めた。

 そして翌日、俺が提出した企画は採用された。
 後日、それは『遙かなる時空の中で3』として発売され、世の女性ゲーマーの心を鷲掴みにした。後に『十六夜記』という追加ディスクも生まれた。
 これが実話だったと知るものは、ほとんどいない。

(※このお話は当然フィクションです(笑))

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 なんとっ! ゲーマー知盛はコー○ー社員になっていた !?(笑)
 あたしの中ではチモはゲーマーがデフォですから(笑)(「コタツ DE ミカン」参照)
 やっぱりチモだと表現がエロ方向に行っちゃいますね。うっすらですが。

【2005/11/26 up】