■コタツ DE ミカン 【知盛編】 知盛

「クッ…」
 妙に嬉しそうに知盛が笑う。
 クセなのであろう、やたら皮肉っぽいのが難点だが。
「知盛ぃ、寒くないの〜?」
 望美がコタツの上のカゴに盛られたミカンをひょいと一つ掴みつつ、知盛の背中に問いかける。
 コタツに背を向け、テレビの画面を食い入るように見つめる知盛。
 画面の中では歳若い剣士が襲い掛かる忍者やら鎧武者やらをバッタバッタと斬り倒している。
 あたりに響くのは、テレビのスピーカーから聞こえてくる剣でモノを斬る音や苦鳴や電子音、そしてプラスチックがカチャカチャと鳴る音。
 知盛が望美たちの世界に来て、有川家の居候となってから数日。
 そこで『ゲーム』というものに初めて触れて以降、どっぷりとハマってしまっているのである。
 他のゲームには興味を示さないところから、『剣を振り回す』というゲーム性にのみ惹かれているらしい。
 それは、この平和な世界では自ら剣を持てないためのウサ晴らし、なのかもしれない。
 飲み込みも早く、コントローラーの操作も難なくこなしている。
 さっき漏れた笑みは、どうやら剣技のコンボが決まったようだ。

「ねぇ、知盛〜」
「チッ…」
 舌打ちをして、肩越しに望美をギロリと睨む知盛。
 テレビの画面を見れば、さっきまで元気に動いていた剣士が、ばったりと地に伏していた。
「ちょっ…、な、何よその目つきはっ! ゲームオーバーを私のせいにするわけ !?」
「ふん…、お前が話しかけるから…、気が散った」
「うっわ……」
 帰ってきた答えに望美は絶句して、思わず手の中のミカンを落としそうになった。
 ゲーム中に話しかけられるのは、ゲーマーにとって甚だ迷惑なことなのである。ましてアクションゲームならばなおさら。 しかし、ゲームに興味のない望美にとっては、それがまったく理解できない。
 興が削がれたのか、知盛は持っていたコントローラーをぽいと放り投げると、ごそごそとコタツに潜り込んだ。
「ゲームやめるんなら、電源くらい切りなさいよ」
 望美に返事をすることなく、知盛はコタツの上に突っ伏してしまった。
「まったく…、何をむくれてるんだか…」
 望美は手についたミカンの繊維を擦り落とすと、コタツから這い出てゲーム機の電源を切り、テレビのリモコンを手に再びコタツに戻る。 変えたチャンネルは、お笑い番組だった。
 テレビの中でしゃべり倒すお笑いコンビのネタに、望美は大笑いする。
 その様子に、知盛の機嫌はますます下降線を辿っていった。
 セーブポイントのない連続バトル、この戦闘をクリアすればセーブできるというところでのゲームオーバーだったのである。 今までの努力が水の泡となった上、望美の大笑い。知盛がふてくされるのも、まあ、無理はない。

 顔を横に向けたまま突っ伏していた知盛が、首の向きを変えようと頭を上げると、カゴの中のミカンの上を這う望美の手が見えた。
 視線はテレビに向けたまま、ミカンの上っ面を撫で回している。
 いくつかのミカンにその行為を繰り返すと、ひょいと一つのミカンを取り上げた。
 その選考基準が気になった知盛は、すばやく望美の手首を掴んだ。
「うわびっくりした!?」
 急に掴まれた望美の方は、驚きに目を真ん丸くして知盛に顔を向けた。
「なぜ… その蜜柑を選んだ…?」
「い、いいじゃない… どのミカン選んだって」
 知盛は望美の手首を掴んだまま、コタツを出て望美の横に移動した。
「クッ… それにしては、念入りに選んでいたようだが?」
「そ、そんなことないよ! 知盛の気のせいだってば!」
「ほぉ……」
 知盛がすぅっと目を細めると同時に、望美を掴む手の力が強くなる。
「痛っ! わ、わかったわかった! 言うから、手離して!」
 望美の悲鳴に近い声に手の力を緩める知盛。しかし、完全に手放すことはなかった。
「さて、聞こうか?」
「うぅ……。あのね…、お尻がデベソなミカンは甘いんだって」
「は?」
 意外な返答に、今度は知盛の方がポカーンである。片眉を上げて、訝しげな視線を望美に送っている。
「だから、お尻がデベソなの。ほら」
 望美が指差した部分── ミカンの裏側に、確かにデベソのような小さな出っ張りがある。
「これがあるミカンは、他のよりも甘さが強いんだって、友達が言ってたの」
「ほぅ…」
 知盛の目が再び細まり、口元に意地悪そうな笑みが浮かぶ。
「クッ… お前の唇よりも甘いものがあったとは…… ついぞ知らなかったな…」
 舌なめずりでもしそうな、それこそ甘さを含んだささやきに、望美の顔が赤く染まる。
「もう… なんでそっちに話を持っていくかなぁ…。ま、とにかく試してみようよ」
 望美は手首を掴まれたまま、デベソミカンをくるりと剥くと、房を半分に割って片方を知盛に渡しておいて、 手元に残った房から一つ取り分け、口に放り込んだ。
「ん〜、おいしーっ! ね、ね、知盛も食べてみてよ。えーと、比較するのは── きゃっ!」
 望美がカゴの中のミカンを取ろうと手を伸ばした時、掴まれたままだった手首を急に引っ張られた。 倒れながら床にぶつかる衝撃を覚悟した瞬間、望美はすっぽりと知盛の腕の中に収まっていた。
「ちょっとー、甘さ比べするミカンが取れないじゃない!」
「試して… みるんだろう…?」
 見上げる知盛の顔がどんどん近づいてくる。
「わーーーっ、比較対象が違うんっ──」
 望美のわめき声は、知盛に吸い取られた。
 貪るような口づけに、思わず硬くした身体の力が段々抜けていく。
 自分の唇に知盛の唇を感じながら、遠のきそうな意識の中でぼんやりと望美は考えていた。
 『本当に、これが一番── 甘いのかも…』
 しかし、それを本人に言ってしまえば、調子に乗るに違いない。
 絶対に言うまいと、望美は心に固く誓ったのだった。

 しばらくの後。
 結構な時間、唇を塞がれていた望美は、知盛の腕の中でぜいぜいと肩で息をしていた。ぽぅっと頬を上気させ、よほど苦しかったのか、 目にはうっすらと涙がにじんでいる。
「あーもう! 私じゃなくて、別のミカンと比べなきゃわからないでしょ!」
「… 俺は最初から蜜柑とは比べてはいない…」
「だからー」
「クッ… そんな顔で怒鳴られても… 誘っているようにしか見えんな…」
 確かに腕の中に抱きかかえられたまま、赤い顔で上目遣いに睨まれても怖かろうはずはない。
 ククッと喉を鳴らして笑うと、知盛は手の中のデベソミカンの片割れのひと房を器用に齧りとって咀嚼する。
「さて… もう一度、試してみるか…」
「えっ、もういいって! ぅわっ… んっ!」
 そして、知盛の『甘さ比較実験』はデベソミカンが尽きるまで続いたのだった。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 ふっふっふ、『コタツ DE ミカン』知盛編でございます。
 暴走チモ、いかがでしたか?
 いやぁ、やっぱりチモだとエロ方向に行っちゃいますねぇ(笑) あくまで『方向』ですが。
 チモをゲーマーにしちゃいましたが、どうなんでしょうねぇ。
 あ、チモがやってるゲームは『鬼○者』あたりのイメージで。
 本文中のゲーマーの意識は、そのまんまあたしの意識です(笑)
 ところで、『デベソミカンの伝説』(笑)、他の地方でも言うのかな?
 あたしは確かに聞いた事があるのです。
 だから、あたしは迷わずデベソミカンを選びます(笑)

【2005/10/27 up】