■コタツ DE ミカン 【九郎編】 九郎

 九郎の目はテレビの画面に釘付けになっていた。
 そこに映っているのは── 源九郎義経なる青年武士、その生涯を辿るドラマである。
 結末が結末だけに、望美は一切触れるのを避けていたのだが、九郎はどうやら新聞のテレビ欄でそのドラマの存在を知ってしまったらしく、 「見ることができるのなら見てみたい」と望美にせがんだのだ。
 偶然、望美の母が年甲斐もなく主役の男性タレントのファンだとかで、ビデオに撮り溜めていた。 それを第1話から、毎日数話ずつ九郎に見せているのである。
 見始めた頃、九郎はひとり、ぶつくさ文句垂れまくりだった。共に戦った仲間たちの顔も年齢も、自分の見知ったものとまったく違うからだ。
 顔が違うのは仕方ない。役者が歴史を再現しているに過ぎないのだから。
 年齢にしてもそうだ。この世界と九郎の世界は、似て非なる全く別の時空なのだから。
 始めのうちは望美がいくら説明しても納得いかない様子の九郎だったが、最近は取り立てて文句も言わず見るようになった。
 画面を見つめる九郎の目は、ドラマを楽しんでいるというより、『源九郎義経』たるこの世界の歴史上の人物への興味のほうが強いといった趣きだった。 それは、自分とよく似た境遇を持つ青年の悲劇の結末は、ともすれば自分が辿るはずの運命だったのかもしれない、 という怖いもの見たさから来ているとも言えるだろう。

 今日もコタツに入ってミカンを食べ食べ、ビデオを見始めて既に2時間余り。
 望美の前にはミカンの皮が数枚積まれているのに対し、九郎の前には剥きかけの最初の1個が寂しく置き忘れられていた。
 盗み見した九郎の顔には、ストーリー展開に合わせて喜怒哀楽が現れる。望美には一度見たドラマを見るより、九郎の百面相を見ているほうが楽しかった。
 そしてドラマは中盤を越え、義経を慕う女性たちにスポットが当たる。そこには女性たちの義経への愛情が手に取るように現れていた。
 ふと望美の中に、ここにいる九郎にもそんな女性がいたのではないか、という不安が生まれた。
 望美が異世界で九郎と過ごしたのは1年ほど。それ以前にそんな女性との出逢いがあってもおかしくない。
 けれど、堅物で鈍感な九郎にどんな女性が恋心を抱くのだろうか。少し考えて、それは自分のことだったと望美はクスッと笑った。
 九郎を見れば、自分のことではないにも関わらず、居心地悪そうに小さくモジモジしている。その顔が僅かに赤くなっているのがおもしろい。
 そんなわけで、望美はちょっと意地悪してみたくなった。口の中のミカンをゴクリと飲み込むと頬杖をつき、テレビに顔を向けて口を開いた。
「義経って、すごく愛されてるんだね」
「そ、そうらしいな」
 チラリと横目で見ると、九郎は真っ赤な顔で、その目はあちこち泳いでいる。
 予想通りの反応に、望美は吹き出しそうになるのを必死で堪えた。
「あんなにも愛されてて、義経って幸せ者だよね」
「そ、そうだな」
 九郎の顔は、今にも爆発しそうなほどに赤い。見事にうろたえるその様子に、望美の意地悪にも拍車がかかる。
「で、九郎さんには、いたの?」
「は?」
「そういう女の人たち」
「ばっ、馬鹿なことを言うな! いれば俺が今ここにいるわけがないだろう!」
 ジト目で見る望美に、九郎はお約束とも言える反論をする。ここでもっとスマートなセリフが出てくれば、男っぷりも上がるというのに。 まあ、それが九郎らしいといえば九郎らしいのだが。
「どうだか。あ、九郎さんすぐ怒るし、頭固いし、鈍感だし。そういう人いるわけないか」
「なっ!?」
 九郎がギュッと拳を握る。何か言い返そうとして開いた口を閉じると同時に、すっと顔の赤味が引き、握った拳をゆっくりと解いた。
「お前がそう思うのなら、そう思っていればいい」
 九郎は冷たい口調でそう言うと、唇をきゅっと結んでテレビへと顔を向けた。
 冷たさの中に寂しさというか切なさというか、そんなものを感じて、今度は望美の顔から血の気が引いた。 九郎はきっと傷ついたに違いない。多少意地悪が過ぎたようである。
「ご、ごめん…なさい…」
 九郎は返事すらしなかった。
 二人の間に流れる緊張した空気をよそに、テレビの画面の中では淡々と物語が進んでいった。

 気まずさの漂う中、部屋を出て行くのも憚られて、望美はただ画面を見つめていた。
 その気まずさを紛らわせるためミカンでも食べようかと思ったが、ミカンに顔を向ければ自然と向かい側に座っている九郎の姿も目に入る。 それがなんとなく怖い気がして、テレビに顔を向けたままミカンの方へと手を伸ばした。
 手探りでミカンを掴んだ時、手の甲に温もりが生まれた。
「え?」
「あ」
 思わず手を見れば、ミカンを掴んだ望美の手を、九郎が掴んでいた。どうやら九郎も手探りでミカンを取ろうとしたらしい。 同時に同じミカンを掴もうとするとは、よくよく気が合う二人である。
 思わぬ状況に、見つめ合ったままこれまた同時にポッと頬を染める。
 望美は思わず手を引っ込めようとしたが、九郎はその手を離さなかった。
「俺は──」
 九郎は決まり悪げに視線を外し、ゴホンを咳払いをして後を続ける。
「── 俺には、後にも先にも、お前だけだ」
 九郎の顔は耳まで真っ赤になっている。
 望美の目に、過ぎた意地悪への申し訳なさと、今の九郎の言葉への嬉しさが、涙となって浮かんだ。
 直後、望美は思わず立ち上がり、コタツを回りこんで対面にいた九郎の胸に飛び込んでいた。
「のっ、望美っ!?」
 急な望美の行動にうろたえながらも、九郎は望美の身体をしっかりと抱きとめた。
「からかったりして…… ごめんなさい……」
「もういい── 確かに俺はお前が言うように堅物だと、自分でも思う。気の利いた言葉の一つもかけてやれない。だが俺は──」
 望美の長い髪を梳くように優しく撫でていた九郎の胸をそっと押し返し、望美がフェイントをかけた。
 一瞬だけ触れた唇に、九郎の言葉が途切れる。
「望美っ!?」
「もういいよ。九郎さんがどんなに不器用な人でも──」
 まだ言うか、とでも言いたげに九郎の顔が僅かに憮然とする。
「── そんな九郎さんが、大好きだよ」
 望美の笑顔に、九郎の顔にも自然と笑みが浮かんだ。
 どちらからともなく顔を寄せ、どちらからともなく重ねる唇。
 九郎の首に回された望美の手から、まだ握られたままになっていたミカンがぽとりと落ちて転がっていった。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 「コタツ DE ミカン」九郎編をお届けいたしますっ!
 はぁ、あたしは一体何を書きたかったのか…
 ま、この二人は結局バカップルだったってことで(笑)
 とりあえず、これにてミカン三部作終了です。もうネタありません(笑)
 キスというイベント(?)に三者三様のキャラクターの特徴を出したつもりなのですが、どんなもんでしょうか?
 激しくニセモノ臭漂ってるのは、見逃してください(笑)

【2005/10/31 up】