■check 将臣

 昼休みの教室の片隅で、女子たちが何やらかしましく騒いでいた。
 将臣がその中に見慣れた顔を見つけたと思った瞬間、こちらに気づいた女子のひとりと目が合って、
「あっ!  有川くん、ちょっとちょっと!」
 と手招きされた。
 近づいてみると、男らしく腕組みをした望美が、机の上を鋭い視線で睨みつけている。
 睨みつけられているのは、綺麗に飾られたチョコレート菓子── の写真。 どうやらレシピ本らしかった。
「ほらほら、今のうちにリクエストしときなよぉ ♥」
「あー……」
 脇を小突かれながら、ボリボリと頭を掻く。
 そういえば、今は2月初旬。 間もなく訪れる一大イベントのせいで、男女共にどこかソワソワと落ち着かない時期だ。
「いや、俺は甘いもん、あんま食わねえし……どうしてもってんなら、そこらに売ってる板チョコでいいぜ」
 ぴくり、と望美のこめかみが震えるのとほぼ同時、えーーーーっ !?と女子たちのブーイングの大合唱が起きた。
「何余裕かましてんの !?  望美の手作りチョコだよ !?  望美からもらいたいっていう男子、すっごいいるんだから!  有川くん贅沢すぎっ!」
 そんなことは重々承知だ。
 言われ放題の甲高い文句が痛みを伴ってグサグサと頭に刺さり、思わずこめかみを押さえた。。
 そう言われても── レシピに忠実に作っても、その通りできた試しがないどころか、数日寝込むほどの代物を生み出す望美の料理の腕を、お前らは知らないからそんな無責任なことが言えるんだ。
 反論は口に出せるわけもなく、ただ溜め息ばかりが漏れてきた。
「── いいよ、将臣くんなんかに、チョコなんてあげないから」
 静かな声が滑りこんできた。 望美は深く俯いていて表情は見えないが、その声は熾火のような怒りを含み、静かに炎を溜め込んでいるようだった。
「いいもん、譲くんに手伝ってもらって、すっごいおいしいチョコ作るもん!」
「……そりゃ災難だな、譲も」
 惨憺たる台所に立ち会う羽目になる弟を思えば、憐れみの念すら浮かんでくる。
 まああの弟のことだ、それでも喜んで引き受けるのだろう── 後片付けも含めて。
「っ……それで、他の男子にチョコ配るんだから!」
「いや、それは駄目だ」
 きゃあ〜っ!と黄色い声が上がった。
「やだもう有川くんったら、超やきもち焼き〜!」
 阻止する理由が完全に食い違ってることはわかっている。
 べちべちと平手打ちされる背中がひたすらひりひり痛い。
「……被害者は俺と譲だけにしとけ。 苦情が全部俺んとこに来るから」
 きっ、と睨んでくる望美の頭にぽんと手を乗せ、くしゃりと掻き回す。
「ま、チョコはともかく、簡単な料理くらいはまともに作れるようになれよ。 それくらいの猶予はやるぜ?」
 瞠目した望美の顔がみるみる真っ赤に染まり、レシピ本の上にがばっと伏せた。
 その時ちょうど、午後の授業の開始を告げるチャイムが鳴り響き、集まっていた生徒たちが自分の席へと散っていった。
 将臣も自分の席へ戻り、ざっと教室を見回すと、さっきの女子たちの顔がどことなく赤い。 さらには彼女ら(と自分)の会話に耳をそばだてていたらしい、クラスのほぼ全員が似たような赤い顔だ。
 教師が入ってきても、望美はまだ突っ伏したまま、赤い顔を上げることができずにいる。
 腹を壊す被害を最小限に食い止める、というのはもちろん建前で── ま、これくらい牽制しときゃいいか、と考えている将臣の顔には満足そうな笑みが浮かんでいた。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 「check」=「牽制」
 将臣くん、ここまでやるかなぁ?

【2013/02/05 up】