■スイッチ
※初々しいキス10題 02:キス直前のぐるぐる思考 (お題提供:TOYさま)
やたら『男の色気』を滲ませた端整な顔が目の前に迫っていた。
たった今まで、ごく普通の何気ない会話をしていたというのに。
「── ちょ、ちょっとストップっ!」
がっちりと両肩を掴まれているため、思い切り顔を背けることで接近を回避する。
── 今って、朝だよね? 朝ご飯食べて、片づけが終わって、将臣くんはこれから仕事で…… なのにこの状況は一体何なのっ !?
常夏の島に身を落ち着けてから数ヵ月。
白かった肌も健康的な小麦色に近づいている。
皆が快適に暮らせるよう、鬱蒼とした森を開拓して畑を作ったり、生活に必要な道具を作ったり──
原始的で忙しい毎日を楽しんでもいる。
森から切り出した木を組んで造った家に二人で暮らす自分たちは、周囲から夫婦だと思われているのは確かだ。
もちろん自分たち自身もそのつもりではある──
精神的にも、実質的にも。
── でもでも! 物心ついた頃からお隣同士の幼なじみだったんだよ !? そりゃあ、異世界に来たら敵同士になっちゃってて、そのせいっていうかそのおかげっていうか、私は将臣くんのことが……その……すっ……好きだって気づいたんだけどっ! よ、夜だったら、すごく星が綺麗だし、波の音が聞こえたりして、ロマンチックっていうか、こう、ムードも盛り上がるっていうか── でも今、朝! 朝なんだってば! なんでついさっきまで普通に話してたのに、急にこうなってるわけ !?
「── おい」
「ふぎゃっ !?」
踏み潰された猫のような声が出た。
あれこれ考えているうち、いきなり鼻をつままれたのだ。
「なっ、何するのっ!」
「……お前が俺そっちのけで百面相してっからだろ」
「ひゃく……って、あのね、将臣くんがいきなり迫ってくるからでしょ!
もう……朝っぱらから……わ、私は将臣くんみたいに簡単にスイッチのオンオフできないんだから!」
服の上からでもわかるたくましい胸板をぺちぺちと叩く。
どうせまだ色気垂れ流し状態であろう彼の顔は正視できないから、さらにぐいっと顔を背けたままで。
「別に簡単に切り替えてるわけじゃないぜ。
どっちかっていうと、常時オン、だな」
「えっ?」
── 今の、どういうこと? てっきり『お前と違って、俺は器用だからな』ってバカにされると思ったのに。
予想に反した答えに驚いて、彼の方へと首を戻したのが悪かった。
肩に乗っていた手の片方が、いつの間にか後ろ頭を掴んでいて。
「── っ !?」
鼻で息をすることすら忘れて、窒息してしまいそう。
頭がくらりとして、意識が遠のきそうになった。
「── そりゃあ、好きな女と一緒に暮らしてるんだ。
スイッチ入りっ放しになるのも当然だろ?」
さらりと言って、清々しいほどの顔で笑う将臣。
白い歯がきらりんと光ったような気さえした。
「── そ……そんなこと、爽やかに言わないでーっ!」
どん、と思い切り胸を突き飛ばす。
将臣は、おっと、とよろけたふりをして身体の向きを変え、ひらりと手を振って、そのまま家を出て行った。
あんまり難しく考えるなよ、と言い残して。
「……もう、考えるな、なんて無理っ!」
しばらくすると、今日の仕事の分担を指示する彼の声が遠くに聞こえてきた。
つい今しがたまで聞いていた声のはずなのに、なんだか妙に気恥かしくて、かっかと燃えるように熱い顔を両手でがばっと覆う。
「……ふふっ」
それでもやはり一緒に生きていけることが嬉しくて、望美はしばらくの間、くすくす笑いながら今の幸せを噛みしめるのだった。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
なにこのバカップル(笑)
お題の意図から離れてしまったやもしれぬ。
おいらの脳内では、将臣くんってこんな人(笑)
【2012/05/22 up】