■最高のプレゼント
夏、熊野──
原因不明の川の増水で足止めされ、この宿への逗留もいつまでになるかわからない。
望美が今日一日の汗を流そうと風呂場へ向かう廊下を歩いていると、おい、と後ろから呼び止められた。
振り返ると、そこには熊野入りした日に合流した幼馴染みの姿が。
「── あ、将臣くん」
「今、ヒマか?」
「ちょうどお風呂に行くとこ。
何かあったの?」
増水の件で何かわかったのだろうかと訊いてみると、彼はずいぶんと大人びた顔に昔と変わらぬ悪戯めいた笑みを浮かべて、
「ちょっと涼みに海まで行こうぜ」
「今から?」
「ああ」
彼の誘いを拒否する理由はない。
時空を越えてきた望美は、将臣と一緒にいられるのは熊野にいる間だけだと知っているのだから。
もしかすると今後の行動によっては離れずにいられるかもしれない。
けれどどんな選択をすれば離れずに済むのかは皆目わからなかった。
「……じゃあ、朔に話してくるよ」
「別にいいだろ。
すぐ帰ってくるって」
「ダメだよ、朔に心配かけたくないもの」
すると将臣は深い溜息を吐いた。
「わかったわかった、話すのは朔だけ、な。
他のヤツらには見つからずに出てこいよ」
「え、どうして?」
望美が小首を傾げると、将臣は口元を苦笑に歪めて、
「……邪魔されたくねぇからに決まってんだろ」
妙に色気を含んだ溜息混じりの言葉に、望美の頬がかあっと熱くなった。
「えっ、あっ、ちょ、ちょっと待っててっ!」
対の神子がいる部屋に戻ろうと踵を返す。
彼の横を通り抜ける時に、外で待ってるぜ、と囁かれた。
まるで密談でもするような抑えた声音にドキリとする。
思わず足がもつれて転びそうになった。
ぐっと腹に圧力がかかって、前のめりになったまま身体が止まる。
将臣の腕が倒れそうになる身体を支えてくれていた。
「ごっ、ごめんっ!」
「慌てなくていいって」
「う、うん」
どうにか体勢を立て直し、望美は再び廊下を駆け出した。
* * * * *
昼間の熱が残る砂浜に並んで座り、しばし波の音に耳を傾ける。
生まれ育った世界とは違い、人工の明かりも音もない。
暗さに慣れてしまえば、空に浮かぶ月と星が立派な照明となった。
「── あー、潜りてえ」
沈黙を破った将臣の言葉に、望美は思わずぷっと吹き出した。
「……なんで笑うんだよ」
「だってー」
夏といえば、幼い頃こそ一緒にプールに行ったり、家族ぐるみで旅行に行ったりしていたのに、年齢を重ねるごとに共有する時間が減っていくのを寂しく思っていた。
高校に入ってからの夏休みは、将臣の居場所はほぼバイトか海で、家にいることなどほとんどなく。
顔を合わせるのは登校日と、望美が譲を巻き込んで強引に開催する将臣の誕生日パーティくらいしか──
「── ああっ!」
「なっ、なんだよ、急に大声出して」
「将臣くんの誕生日!」
「あー……確かにそろそろか。
こっちと暦が違うから、正確にはわからねえけど。
ま、どっちみちこっちじゃ正月に一斉に年取るからな」
将臣は望美より三年以上異世界での生活が長い。
どことなく自嘲のような、寂しげな笑みを浮かべる彼の表情が、望美の胸を締めつけた。
「ね、明日譲くんに頼んでパーティしない?」
「んなもんいいって。
誕生日が嬉しいほど子供じゃないしな」
「でもお祝いはしたいよ……そうだ、プレゼント!
ね、明日、市に行ってみよう?」
「お前、そんな金持ってんのか?」
「うっ……あまり高いものは無理だけど」
「だろ?」
くつくつと笑った将臣の手がすっと伸びてきて、ぽふん、と望美の頭の上に置かれた。
「ま、今こうしてるのが、お前からのプレゼントみたいなもんだな」
「え?」
月明かりの中の将臣の切なげな笑みは、望美の目にはやけに艶を帯びて見えた。
彼の手が頭の天辺からするりと滑り下りてきた。
耳の下辺りで望美の長い髪をくるくると指に絡めて弄ぶ。
それから髪の中にすっと差し込まれた手ががっちりと望美の後頭部をホールドした。
苦笑を深めた彼の顔が、さっきより近くに見える。
ドキン、と心臓が跳ねて、思わずこくりと喉が鳴った。
「馬鹿、こういう時はおとなしく目ぇ瞑れって」
「えっ !?」
言われて反射的にぎゅっと目を瞑る。
ぷっ、と呆れたように吹き出した将臣に抗議しようと望美が目を開けようとした寸前──
満ちた月から降り注ぐ仄かな明かりに浮かぶシルエットがひとつに重なった。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
なんかもう、いろんなものがダダ漏れてる還内府殿ですみません(汗)
まあ、所詮捏造話ですから。
雰囲気で読んでいただければ(汗)
とにかく、将臣くん、お誕生日おめでとう。(1日早いですが)
【2011/08/11 up】