■ワンシーンビフォアクリスマス【将臣編】 将臣

「── ねえ、今年のパーティはどうしようか?」
 学校からの帰り道、通りかかった店のクリスマスディスプレイを見かけて望美が訊いてきた。
「ま、いつもと同じでいいんじゃねえか?」
「だよねー。 あ、今年はおじさんとおばさんは?」
 そういえば去年、『お父さんの出張に一緒に行ってきます』などと書かれたメモ1枚残して家を空けていた親である。 異世界からの客を大勢引き連れていたからちょうどよかったとはいえ呑気なものだ。
「あー……何も聞いてねえから、いるんじゃねえの」
「そっか……よかった、3人じゃ寂しいかなーって思ってたんだ」
 『今年は2人で』なんて言葉を期待したのが間違いだった、と将臣は僅かに肩を落とした。 色々あって関係が変わった今も、望美にとっては3人で1セットらしい。 といっても親を除外すれば、パーティのための料理を任せられるのはたった今将臣が頭の中で邪魔者扱いした弟しかいないのだから仕方のないことなのかもしれないが。
 けれど彼女が『寂しい』と感じることもわからなくはない。 去年のクリスマスは命懸けで戦った戦友たちとの賑やかなパーティだったから。 できるものなら年に一度くらいはあんな馬鹿騒ぎも悪くない。
「で、今年もオールナイトでゲームやんのか?」
 しんみりした空気を払拭するように、将臣はニッと笑って揶揄を込めて望美に尋ねた。
「そうだね……うん、今年は絶対勝つっ!」
「ったく、そう言いながらまたうとうと寝ちまうんだろ」
「こっ、今年は前の日に早く寝るもんっ!」
「ま、お前がその気なら受けて立つぜ」
 ぽすぽすと望美の頭を軽く叩きながら、将臣は不敵な笑みを浮かべるのだった。

 手を繋いで歩く、というどことなくむず痒いような気分を味わいながらの無言の時間がしばらく続いた後、ふと将臣は思い付いたことを口に出してみた。
「── テレビゲームもいいけどさ」
「ん?」
「アナログなゲームってのもいいんじゃねえか?」
「アナログって……トランプとか?」
「いや、もっと身体動かすようなやつ」
「へぇ、だったら眠くならないかもね。 どんなゲーム?」
 乗ってきた望美に向け、将臣は真剣な顔で告げた。
「── 『野球拳』」
 恐らく知らぬ者はいない、じゃんけんで負けた者が着衣を1枚ずつ脱いでいくという古来より伝わるお色気ゲームである。
 思わず二人立ち止まり、じーっと顔を見つめ合ったまましばし。
 ぱちぱち、と瞬きを繰り返した望美が、
「いいけど?」
「いっ !?」
 自分で提案したくせに慌てている将臣。 知らずほんのりと頬が赤く染まっていく。
「お、お前わかってんのか?」
「それくらい知ってるよ。 『よよいのよい』ってやつでしょ?」
「い、いや、わかってんならいいけどな……」
 どうにも照れ臭くなって頬を掻こうとして、結局諦めて溜息だけを吐き出した。 片手にはカバンを持っていて、もう片方は望美の手としっかり繋がれていたから。
「ほ……本当にいいのか?」
「いいよ」
 なんとも潔い返事である。
 表情を窺おうと見下ろすと、望美も将臣の顔を見上げてきた。 その顔には悪戯っ子のような笑みが浮かんでいて。
「だから、『野球拳』を『一晩中』するんだよね?」
 念を押されて将臣は考え込んだ。
 一晩中、野球拳── 脱いだ服を再び着て、じゃんけんして、また脱いで、また着て……それを一晩中?  ── なんと不毛な。
「いや、ここは男らしく一回勝負だろ」
「私は男じゃないんですけど」
「まあそれはそれとして」
「……意味わかんない」
 はふ、と呆れたような吐息を吐いた望美がじっと見上げてきた。 付き合いの長さのせいで鈍っていたが、ようやく正常化した審美眼が素直に綺麗だと思う顔につい見惚れてしまう。 だがその顔についた大きな瞳は将臣の下心を暴くかの如くしっかりと見据えてきていて、思わずたじろいでしまった。
「……受けて立とうじゃないの」
「なっ !?  ほ、本気かっ !?」
「武士に二言はないよ── 武士じゃないけど」
 くすっと望美が笑う。
 将臣は跳ね回り始めた心臓を押さえたかったのだが、頬を掻くのを諦めたのと同じ理由で今回も諦めざるを得なかった。
 すると、
──ふふふ、30枚くらい着込んで絶対勝ってやる!
 不敵に笑いながらの呟きが聞こえて、将臣はがっくりと肩を落とした。 その後でやるゲーム買いに行こうよ、という明るい声が胸にグサグサと突き刺さる。
 ── 負けず嫌いの彼女を『その気』にさせるのは、滅びを待つ平家が勝機を見出すよりも難しいのかもしれない。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 完全にうちのサイトのエロ担当と化した将臣くん(笑)
 言うまでもなく迷宮後のふたりでございます。

【2010/12/17 up/2010/12/27 拍手お礼より移動】