■新たな日常 将臣

☆サイト開設6周年記念リクエスト大会☆
スイカすきさまからのリクエスト『望美に甘える将臣』

 歴史の授業で習ったあの有名な壇ノ浦の戦いの渦中に私はいた。
 もちろんタイムスリップした過去ではなく異世界のことだから、知っている歴史とはいろんなところが違う。 源氏が勝利したのは歴史通りだったけれど、歴史の中には『怨霊』なんて出て来ないし『源氏の神子』なんてものもいない。 『還内府』だって── 将臣くんとは夢の中で会ったのが最後。 生き残った平家の人たちとどこかに落ち延びた彼とは会えぬまま、私は元の平和な世界に戻って来ていた。
 私は── 清盛の遺言を将臣くんに伝えることができるのだろうか。

 大好きな仲間たちに別れを告げた私は、気がつけば初めて小さな白龍に出会ったあの日のあの時間の渡り廊下に立っていた。 そぼ降る雨が打ち付ける中庭には当然ながら白龍の姿は見えない。 一緒に戻ってきた譲くんと顔を見合わせ、お互い複雑で曖昧な笑みを交わしてその場を離れた。
 確か次の授業は体育だった、と記憶を手繰り寄せたが、そのまま授業を受ける気にもなれず、私は風邪気味だからと嘘をついて早退することにした。 荷物を取りに向かった教室に一歩足を踏み入れ思わず息を飲む。 雨のせいで薄暗い教室が何故か夕焼けに染まって見えたからだ。 視界が滲んだ。 涙が次から次へと溢れて止まらなくなった。
 誰もいない教室でひとしきり泣いてから職員室へ向かった。 早退すると告げると、先生は心配そうに「気をつけて帰れよ」と言ってくれた。 たぶん泣きはらした赤い顔は熱があるように見えたのだろう。 ずいぶんこの世界を離れていたはずなのに、いろんなことがちゃんと記憶に残っていることが可笑しくてしかたなかった。

 家に帰ると驚いた顔のお母さんに迎えられた。 朝学校に行った娘が午前中に帰ってきたのだから驚くのも当然だろうが、私にとってお母さんに会うのは数年ぶり。 懐かしさのあまり涙が込み上げてくるのを必死に我慢して、風邪ひいちゃったみたい、とだけ言って部屋に駆け込んだ。 お昼に作ってくれたお粥はどんなご馳走よりもおいしいと感じた。

 夕方、譲くんから電話がかかってきた。 携帯電話を持つのはとても久し振りで、やけに緊張している自分がなんだか可笑しかった。
 譲くんは授業は最後まで受けたものの、部活には出ずに帰宅したらしい。 帰ってみると何の問題もなくお母さんが迎えてくれた。 けれど、将臣くんのことには一切触れなかったそうだ。 将臣くんの部屋は以前のままあるというのに、不思議なことに将臣くんの存在だけがご両親の意識の中にはないらしい。 かといって譲くんを一人っ子扱いするわけでもないのだという。
 そんな話を聞いた私は背中が寒くなった。 将臣くんがいないことを改めて突き付けられた思いがしたのだ。
 譲くんは『多分兄さんが戻ってきた時のために白龍が記憶に干渉してるんでしょう』と言っていた。 将臣くんがいつになったら帰りたいと願ってくれるのかわからないけれど、いつか必ず返すから、と白龍が言ってくれているような気がして少し安堵した。
 翌日の学校でも同じことが起きていた。 担任の先生は出欠を取る時、将臣くんの名前を呼ばなかった。 でも将臣くんの机はそのままある。 なのに誰もそこが誰の席かを気にする様子はない。
 私は唇を強く噛みながら、ポケットの中の懐中時計を握り締める。 大丈夫、将臣くんはきっと帰ってくる── そう自分に言い聞かせながら。

 もしかして、と希望に胸を膨らませながらベッドに潜り込んだ満月の夜は夢すら見ることなく明け、また虚ろな日常が繰り返された。 だが、二度目の満月の夜が明けて肩を落としていた翌日── ついに将臣くんが帰ってきたのだ。

*  *  *  *  *

 翌日学校に行って驚いたのは、将臣くんを見たみんなの反応だった。
「はよーっす」
「おはよー。 なんだ有川、今日も夫婦で登校かよ」
 思わず将臣くんと顔を見合わせ苦笑する。 2ヶ月もいなかったはずなのに、まるで昨日も会っていたような普通の反応だ。
 異世界に行く前からよく『付き合ってるんでしょ』と言われていた私たち。 あの頃は『ただの幼なじみだよ』と答えてたけれど、もうそんなことは言えない。 いろんな出来事を経て、お互いにかけがえのない大切な人だと気づいてしまったから。
「まあな」
「うげっ、今日は否定しねぇのかよ!  ついに自覚かっ !?」
 からかわれるのを楽しむように笑っている将臣くんから離れて、私は自分の席へ向かう。
 今日から私の── 私たちの本当の日常が始まるんだ。 そう思うと頬が緩んで仕方なかった。

 私たちの関係が『幼なじみ』から『恋人同士』に変わってから、将臣くんは私に甘えてくるようになった。 甘える、と言ってもよくバカップルとか言われるようなベタベタしたものではないと思うんだけど。
 ただ、傍にいると彼はたいてい私に触れている。 二人きりの時は『触れる』というより『放してくれない』って感じなんだけど、最近では人前でもだからちょっと恥ずかしい。 やんわりと文句を言ってみても、無言のまま少し寂しげな翳りのある瞳でじっと見つめてくるから、私はそれ以上何も言えなくなってしまうのだ。
「── ねえ望美、今日の帰り、カラオケ寄ってかない?」
「うん、いいよ」
「あ、でもまずはダンナに承諾取るのが先か」
「え」
 にやりと意味ありげに笑うクラスメイトに思わず頬が熱くなる。 初日に言われた『夫婦』を将臣くんが否定しなかったことで、今では私たちは完全に夫婦扱いだ。
 と、ふいに肩がずしりと重くなる。
「── 何の密談だ?」
 背中に圧し掛かるようにして肩に腕を回してきた将臣くんの声が耳元で響いた。 前に伸びた手は私の胸元にかかっていた髪をくるくると器用に指に絡めて弄び始める。
「あ、いいところに来た。 ね、有川くん、放課後ちょっと奥様お借りしていい?」
「ああ、かまわないぜ」
「うわー、理解のあるダンナ様〜」
「ちょっ、な、なに言ってるのよっ !?」
 将臣くんは少し身体をずらして、完全に後ろから私を抱き締めてしまった。 頭のてっぺんに当たる彼の顎がちょっと痛い。
「で、どこへ行くつもりだ?」
「うん、カラオケ行こうと思って。 なんなら有川くんも一緒に来る?」
「あー、今日はバイト入ってんだよな」
 その時、ひとりの男子がパタパタと駆け寄ってきた。
「なになに、カラオケ?  俺も行くっ!」
 途端、胸元に回された将臣くんの腕に力が入るのがわかった。
「ほぅ……お前も行くってか」
「えっ、いや、その」
「そうか、お前も行くんだな」
 繰り返された言葉が背中に直接響いてくる。 殺気がこもっているように聞こえるのは、クラスメイトたちの引きつった顔を見れば間違いではなさそうだ。 身体は元の17歳に戻っていても、戦場で命のやり取りをしていた頃の感覚はまだ健在らしい。
「え……遠慮しときますっ!」
 血の気の引いた蒼い顔で脱兎の如く逃げ出す男子。 将臣くんが、ふぅ、と小さく息を吐いたのが背中に伝わってきた。
「ま、楽しんでこいよ」
 ぐりぐりと頭を撫でる将臣くんの声は、いつもの明るい声だった。 そして彼は自分の席へ戻っていく。
「……ちょっとぉ、有川くんってあんな人だった?」
「う……」
 声をひそめて尋ねてくるクラスメイトに、私は言葉を飲み込んだ。 みんなの知らないところでいろんなことを経験してきた私たちは間違いなく変化している。
「なんかもう独占欲丸出しって感じ?」
「うんうん、『こいつは誰にも渡さねえ!』って感じだよね」
「そ、そうかな……?」
「有川くんてさ、ちょっと前からぐっと大人っぽくなったような気がしてたんだけど……」
「今のはまるで甘えん坊の子供みたいだよね」
「そ、そんなことは……」
「もうこのバカップルっ!」
「万年いちゃいちゃ夫婦っ!」
「え゛っ」
 わ、私たちってそんなバカップルに見えてるのっ !?
 でもまあ……確かに昔に比べればスキンシップは増えたとは思うけど。 きっと将臣くんは離れ離れになっていた長い時間を埋めようとしているんだと思う。 私は異世界にいる間、譲くんや朔やみんなに甘えることができたけれど、将臣くんには甘させてくれる人が誰もいなかったはずから。
 だったら。
「── ごめん、やっぱりやめとく。 また今度誘って!」
「ちょ、望美っ !?」
 クラスメイトの誘いを振り切って私が駆け寄ったのは将臣くんのところ。 たった今『楽しんで来い』なんて言ったくせに、机に頬杖ついてふてくされたように窓の外を眺めている。 勢い余って机にぶつかって、慌てて手をついて身体を支えた。 机が揺れたからか、将臣くんはだるそうに視線を上げた。
「……話、終わったのか?」
「うん……ね、今日将臣くんのバイト先に遊びに行ってもいいかな?」
 訝しげに寄せられた眉間の皺が、すっと薄くなる。 同時に口元が微かな笑みに歪んで、机に置いた私の手に将臣くんの指先が遠慮がちに重なった。
「……カラオケ、行かなくていいのか?」
「いいよ。 その代わり、何か奢ってよね」
「ははっ、ちゃっかりしてんな」
 ようやくちゃんと笑ってくれた将臣くんにつられて私も笑う。
 確かに今の将臣くんは甘えん坊の子供みたい。
 でもいいよね、思う存分甘やかしてあげても。 そのうち中身は大人な将臣くんに私が甘えることになるはずだから。

〜おしまい〜

【プチあとがきいいわけ】
 本人たちはめっさシリアスなのに、周囲はそうは見てくれない、といいますか(笑)
 1本目の将望リクのおまけとして書こうと思っていた話がこれに化けました(汗)
 というわけで、『帰還』と合わせて前後編として読んで頂けるとよろしいかと。
 公式の十六夜ED後日談は完全無視です。いろいろMy設定てんこもりなので。
 どうして雰囲気がこんなに暗いんだろう。
 前半いらないかもだけど、削ると超短くなってしまうので……。
 将臣がなんかすんごい病んでるよね(笑) え、そうでもない?
 書き直そうともがいてみたのですが、うまくいきませんでした(汗)
 でもしょうがないよね、十六夜EDスチルから受けた印象がこうなんだもん(開き直り)
 スイカすきさま、リクエストありがとうございました♪
 お待たせした上、お望みのイメージと随分違うものが出来てしまって申し訳ありません(汗)
 はぅっ、石投げちゃイヤー!

【2010/10/28 up】