■若葉日記ふたたび
☆サイト開設6周年記念リクエスト大会☆
珠依さまからのリクエスト『南国ED後・平家の人からモテモテの望美さん』
長らくご無沙汰しておりました。
望美さま付きの女房、若葉にございます。
毎日が真夏のこの島の生活にもずいぶん慣れて参りました。
あの戦火から逃げ惑う日々が嘘のように思われることもございます。
もちろん大いなる自然は人に辛く当たることもございますが、人が人を傷つけるような痛ましいことはこの島では起きません。
穏やかな日々の中、今や島には幼子の声が賑やかに響いているのでございます。
さて、此度筆を取りましたのは、懐かしい出来事ををふと思い出したため。
しばしのお付き合いの程、お願い申し上げます。
* * * * *
あれはわたくし共がこの島に辿り着いて、まだ三月も経たぬ頃のことでございました。
長い船旅で身体を壊した者たちもようやく健康を取り戻し、先の生活の目処も付き始め、島はまだ何もないながら活気に溢れてまいりました。
ですがわたくしがお側仕えさせていただいております望美さまのお顔には時折翳りの色が見えたのでございます。
望美さまはこの島で唯一、源氏に身を置いておられた方。
寄る辺はただおひとり、筒井筒の仲の将臣さまのみ。
けれど皆に頼られてお忙しい将臣さまは、片時も離れずお傍で望美さまをお守りするというわけにもまいりません。
もちろん戦の終わった今では平家も源氏も関係ございません。
しかし源氏との戦いで身内や知人を失った者たちからすれば、胸のわだかまりをそう簡単に消し去ることができぬのもまた事実。
一日も早く皆と打ち解けようと心を砕かれておられた望美さまではございましたが、『源氏の神子』に対する態度は冷たく、身構えたものになるのは避けられなかったのでございます。
しかし時の経過というものは、どんなに優秀な薬師が調合した薬にも勝る妙薬でございました。
いつしか望美さまの周りには、望美さまの裏表なくお優しい明るいお人柄を慕って人々が集うようになったのです。
その光景を目にした時、わたくしの胸は喜びのあまり打ち震えたのでございます。
しかし困ったことが起きました。
望美さまの笑顔から曇りが消えた頃、今度は将臣さまのお顔が険しさを帯びてきたのです。
望美さまを囲むのが女ばかりならばよいのですが、そこに殿方が加わると将臣さまの視線が冷たく凍ります。
それはまるで戦の頃の、冴えた刃のよう鋭い光を湛えておりました。
ある日のこと、ひとりの童が浜で拾ったという珊瑚を望美さまに差し上げました。
それは職人によって磨き上げられ、美しい首飾りに生まれ変わったのです。
望美さまはそれを大層お喜びになり、それは嬉しそうに童を抱き締められました。
するとどうでしょう、殿方たちは老いも若きもこぞって望美さまに贈り物をするようになったのです。
それは海で拾った美しい貝殻であったり、森で見つけた甘い果実であったりと様々でした。
きっと皆、望美さまの笑顔を眩しく拝見したことでしょう。
せっかく望美さまが皆と打ち解けたというのに、将臣さまのご機嫌はますます悪化するばかりでございました。
その日も望美さまは浜辺に近い木陰に座り、殿方たちとそれは賑やかに語らっておられました。
そこへ近付いた苦り切った表情の将臣さまが、まるで猫の子を捕まえるようにして望美さまの襟を引き、荷物のようにひょいと肩に担がれたのでございます。
「ちょっ、な、何するのよ将臣くんっ!」
望美さまは逆さになりながら将臣さまの背中を叩き、足をばたつかせます。
長いお髪が今にも地面につきそうになりながら風に揺れておりました。
将臣さまはといえば、そんなことにはまるでお構いなしのご様子。
望美さまのお御足をしっかりと支えつつ、殿方たちの方へ鋭い視線を向けられました。
「将臣殿、せっかく楽しゅう語らっておりましたのに、望美殿をどこへお連れなさるおつもりじゃ?」
そう申されたのは長老と呼び親しまれている一番年かさの殿方でございました。
「……っ、どこだっていいじゃねぇか」
「そうは申されましてものぅ……まだ話は終わっておらんのじゃが」
「そうだよ将臣くんっ!
もうっ、下ろしてってばっ!」
「お前な……もうちょっと自分の立場ってもんを考えろよ」
「立場?
なによそれ」
「だからお前は俺の」
唐突に将臣さまの口が閉ざされました。
眉を強く寄せられたかと思うと空の遠く彼方を睨みつけ、
「……野郎に囲まれてヘラヘラしてんじゃねえっつってんだろうが」
海風に運ばれてきたお声はとても小さなものでしたが、はっきりとわたくしの耳に届いたのです。
……ふふ、将臣さまはやきもちを焼かれておいででしたのね。
思わず込み上げてきた可笑しさにわたくしが袖で口元を隠したのと時を同じくして、殿方たちが一斉に大笑いを始めたのです。
「ははは、ご心配めさるな。
我らは望美殿がお話しになる『ここではない世界』とやらの話を聞くのが好きなのじゃ。
それに──」
「わわっ、ダメっ!
言っちゃダメ!」
慌てたのは望美さまでした。
逆さのまま将臣さまの着物の背中をぎゅっと握り締め、隠れるようにそこに顔を埋めておしまいになりました。
「……話せ」
苦笑を浮かべて黙り込んだ長老を、将臣さまが強い口調で促します。
すまぬのぅ、望美殿。
長老は笑いながら一言そう詫びてから、
「── 望美殿のお話にはいつも必ず将臣殿が出てくるのじゃ。
その時の望美殿のこの上なく幸せそうな顔を見れば、よからぬ事を考える気など誰にも起きゃしませんわ」
のう?と長老が周りの殿方たちに問いかければ、一斉に笑顔が縦に振られます。
「ちっ、違うの将臣くん!
平家のみんなとここに来たことを後悔してるわけじゃないの!
ただ、これからも将臣くんとの思い出が増えるんだと思ったら嬉しくなっただけだからっ!」
背中から聞こえる愛の告白めいた望美さまのお言葉を、将臣さまはどんなお気持ちでお聞きになったのか──
将臣さまのお顔を拝見すれば一目瞭然でございました。
みるみる赤く染まったお顔はまるではにかんだ少年のよう。
拗ねたように踵を返されると、望美さまを担いだまま、無言でその場をお離れになります。
将臣殿、と長老が呼び止めました。
「── 望美殿のお立場を問われるなら、まずはそのお立場を明確にして差し上げることこそ男としての責任ですぞ」
先程までとは打って変わって真剣な、親が子を諭すような長老の言葉でございました。
この頃のお二人は、共に暮らしてはおいででしたがまだ正式なご夫婦ではなかったのです。
「── 言われなくてもわかってるさ」
将臣さまは乱暴に頭を掻くと、肩に担いだ望美さまをそっと地に下ろしました。
担がれて逆さになっていたせいでふらついた身体をすかさず支え、少々乱暴に手を取ります。
「……行くぞ」
「えっ、あ、うん」
振り返った望美さまは申し訳なさそうに手を振りながら将臣さまに手を引かれていきます。
『やきもちやき』という将臣さまの意外な一面を初めて知った殿方たちは、失礼にも大笑いしながらお二人を見送ったのでした。
* * * * *
昨日の出来事のように鮮明に思い出されますが、月日が流れるのは早いものでございます。
望美さまはもう間もなく母君になられます。
望美さまのふっくらしたお腹を愛おしそうに撫でておられる将臣さまも、きっと良き父君になられることでございましょう。
島に暮らす者たちが理想とするご夫妻の元にお生まれになるお幸せなお子様のご誕生を、皆が待ちわびる日々を過ごしております。
そのお話はまた別の機会に記すことにいたしましょう。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
望美信奉者の若葉ちゃんに登場してもらいました。
「モテモテ」……なのか、これ?と首を捻りたくなるかもしれません(汗)
将臣くん、ちょっと大人げなさすぎましたかねぇ。
鬱陶しい言葉使いを久々に書けて楽しかったです(笑)
珠依さま、リクエストありがとうございました♪
お待たせしてすみません。
【2010/10/24 up】