■帰還 将臣

☆サイト開設6周年記念リクエスト大会☆
遥かはやっぱり3が一番さまからのリクエスト『もっと将望色の濃い十六夜ED』

 その夜、将臣はひとり浜辺で潮騒を肴に酒を飲んでいた。 寄せては返す波にも空に浮かぶ美しい満月にも目もくれず、じっと手の中のぐい呑みの中の小さな水面を見つめている。
 満月の夜に見ていたリアルな夢も、あの日を境に一切見られなくなった。 分かたれた道で手放してしまった存在は大き過ぎて、思い出すたびに痛いほど胸を締め付けられる。 だから彼は月を見上げることをしなくなった。 それでもこうしてほんの少し顔を上げればそれが目に入る場所にわざわざやって来て酒を食らう。
 『ずっと待ってるよ』
 満月の夜に最後に見た夢の中で交わした約束の言葉を胸の中で反芻する。
「……『未練たらしいのは好きじゃない』とか言っといて、これかよ……」
 ぐい呑みを包む指に知らず力がこもった。
 このぐい呑みも、酒を入れてきた徳利も、この島で焼かれたもの。 役割分担はいつしか職業化し、ようやくコミュニティが形になってきた。 今では将臣の『残された命を守るために安全な地へ率いていく』という役目も終わり、先頭に立っていた彼のポジションもあやふやなものに変わりつつあった。
 背後で、さくっ、と砂を踏む音がした。
「── 将臣殿」
「んあ?  ……ああ、言仁か。 何かあったのか?」
「お祖母さまが、これを」
 すぐ傍までやってきた少年が手に持った皿を差し出した。 中には近海で取れた小魚を干物にしたものが入っていた。 炙った焦げ目が香ばしい匂いを漂わせている。
「おっ、サンキュ。 旨い酒に旨い肴、最高だぜ。 ほら、ガキはとっとと帰ってさっさと寝ろよ」
「私はガキなどではない!  あと何年かすれば将臣殿と酒を酌み交わすこととて──」
「あー悪かった悪かった。 だが、早く寝ねぇとマズいってのは本当だぜ?」
「わかっておる!」
 せっかく持ってきてやったのに、とブツブツ文句を言いながら腹立ち紛れに砂を踏んでいく音が遠ざかっていく。 幼くして帝に担ぎ上げられた彼も随分成長した。 元服にはまだほど遠いけれど、祖母や共に落ち延びた者たちを守ろうという気概を持つ立派な『男』だ。 そんな成長ぶりを改めて目にすれば、随分時が経ったものだと痛感させられる。
「……もう、いいよな…?」
 将臣はぐい呑みを置き、砂に両手をついて夜空を見上げ、誰にともなく問いかける。 そこには柔らかな光を放つ丸い月。 久し振りに見上げた月はこんなにも眩かったのか、と目を細めた。
「……帰れるもんなら、帰りてぇなぁ……」
 呟いた瞬間、空気が変わった。 月明かりを映す凪いだ海面が大きく盛り上がる。
「っ !?」
 膨らみきった海水はまるで命を吹き込まれたかのように大きな口を開け、牙を剥いて将臣へと襲いかかってきた。 なすすべもなく飲み込まれ、引きずり込まれる。 遠のいていく意識の中で、ふと思い出した。 これはまるで、あの時── 異世界へ送り込まれた時と同じじゃないか。
 ── 将臣……元の世界へ返すよ……私の神子の、最後の願いだから──
 遠くで声がした。 それだけで自分に今何が起きているのか、瞬時に理解できた。
「……ったく──」
 激しい波の渦に飲み込まれながら、将臣は自分が笑っていることを自覚していた。

*  *  *  *  *

 気がつけば、将臣は闇の中に立っていた。
 闇、といってもどこかほの明るいのは、周囲のあちこちに人工の明かりが灯っているせいだ。 高いフェンスには見覚えがある── 日暮れを見ながら約束をした、学校の屋上だった。
「帰って……きたんだな」
 ぶるり、と震えた身体を思わず自分で抱き締めた。 手のひらに当たる感触は簡素な着物ではなく、随分昔に身につけていた制服だった。
 ついさっきまで夜とはいえ常夏の島に居たというのに、今は冷たい空気が肌を刺す。 急な気温の変化についていけず、思わず笑ってしまう。
 ガチャ、と重い音が聞こえた。 細く明かりが射して、再びガチャンと断ち切るように閉ざされた。 よろよろと歩く人影の長い髪が冬の冷たい風にふわりと舞いなびく。
 かしゃ、とフェンスを揺らして縋り、空に浮かぶ十六夜の月を見上げた。 かちり、微かな音に続いて素朴なオルゴールの音が流れ始めた。
 ふ、と将臣の口角が上がる。
「── しかしお前、まだそれ持ってたんだな。物持ちいいぜ」
 ぴくりと肩を揺らした彼女が勢いよく振り返った。 涙に潤んだ瞳が大きく見開かれている。
「まさ、おみ…くん…?」
「おう。ずいぶん待たせちまったみたいだな」
「ずいぶん、って……ずいぶんすぎるよ!  もう2ヶ月も経って──」
 駆け寄ってきた望美がはたと足を止めた。 訝しげな顔で見つめてくるのは、自分が余程変な表情をしていたのだろう。 彼女に流れた時間と、自分が過ごしてきた時間の長さは違いすぎた。
 ぽふん、と望美の頭に手を乗せる。
「いいじゃねえか、2ヶ月で済んで。 俺なんかあれから5年近くあっちにいたんだぜ」
 茶化すような口調で言ったけれど、望美の顔がみるみる歪んでいった。 す、と目尻から涙が零れ落ちる。 胸に倒れ込むようにしてボフッと抱きついてきた。
「……ごめん」
「バーカ、なんでお前が謝ってんだよ」
「だってっ」
 がばっと顔を上げた望美の後ろ頭を掴んでぎゅっと胸に押し付けた。 そのままぐりぐりと掻き回す。
「お前が『ずっと待ってる』って約束してくれた。 だから俺は帰ってきた── それでいいだろ?」
 堪え切れずに泣き出した望美の涙が収まるまで、将臣はずっと取り戻したいと願っていたものをしっかりと抱き締め続けた。

「……あれ?」
 学校から懐かしい家への帰り道、突然立ち止まった望美が難しい顔で首を傾げた。 カバンを脇に挟み、両手を見つめている。
「どうした?」
「……あっちで再会した時、3歳差になってたよね?」
 望美は右手の指を3本立てた。
「そうだな」
「で、それから5年経ったんだよね?」
 そう言って左手をじゃんけんのパーの形に開く。
「……ってことは、将臣くんの中身とは8歳差になっちゃったわけーっ !?」
「中身ってなんだよ……いいじゃねえか、外見は17に戻ってんだから」
「よくないよくないよくなーい!  20代半ばっていったら完全に大人じゃない!  えーっ、なんかショックぅ!」
 さっきまであれだけグズグズ泣いていたというのに、この能天気な悔しがり方はなんなんだ。
 呆れの混ざった苦笑を浮かべ、将臣は何故か教室にあった自分のカバンを足元に放り投げた。 まだ睨み続けられている望美の手をそっと握り、引き寄せる。 何度確認してもし足りない思いで腕の中に閉じ込めた。 ドサッ、と大きな音を立てて望美のカバンが地面に落ちた。
「ま、将臣くんっ !?」
「── 全然大人なんかじゃねぇよ。 ずっとお前のこと考えてばっかで、全然成長なんてしてねえ。 育ったのは……お前のことが一番大事だ、って気持ちくらいのもんだ」
 宙をさまよっていた望美の細い腕が、そっと背中に回されるのがわかった。 ぎゅっと力が込められる。
「将臣くん……帰ってきてくれて、ありがとう」
 スポットライトのような街灯の下、生まれた頃からの長い付き合いの二人は初めて恋人同士のキスをした。
 これからまた、少し変化した気持ちで二人の新たな日常が続いていく。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 多少濃くなりましたかねぇ?
 え゛、公式よりあっさりだって?(滝汗)
 うちの将望には必ずギャグ要素が入ってしまうので……(汗)
 ゲームが望美視点なので将臣視点にしてみたのですが……
 いろいろとMy設定てんこもりですな。
 ちょっとしたおまけ話を後日書きたいと思ってます。
 遥かはやっぱり3が一番さま、リクエストありがとうございました♪

【2010/10/20 up】