■星の一族 将臣

 嵐山で星の一族と会った帰りのこと。
 望美と将臣と譲の三人は他の仲間たちから少し遅れ、言葉もなく並んで歩いていた。
 まさかこんなところで自分の祖母、あるいはお隣のおばあさんの話題が出るとは思ってもおらず、それぞれの胸の中は奇妙な思いでいっぱいで言葉が出てこない。
「── スミレおばあさん、どんな気持ちで時空を越えたのかな…?」
 ぽつり、と望美が呟く。
「ま、必死だったのには違いねぇな」
「…よほど神子に── 先輩に会いたかったんでしょうね」
 兄弟がそれぞれしんみりと答えた。また沈黙が戻ってくる。
「── だが、うちのばあさん、ああ見えてタフだったんだな」
「え? どういうこと?」
「考えてみろよ、女一人で訳わからねぇ異世界に来て、うちのじいさん捕まえて結婚して、孫までいるんだぜ? これをタフと言わねぇで何て言うんだ?」
 さも可笑しそうに喉の奥で笑う将臣。
「そうだよねぇ……私がこっちに一人で来て、九郎さんとか景時さんとか弁慶さんとかと結婚するようなものだもんね……うっわ、考えただけでめまいがするよ」
「だろ?」
 自分の身体を抱きしめて身を震わせる望美を見て、将臣はさらに笑う。
 と、望美が突然足を止めた。
 兄弟が振り返ると、彼女は何か嫌な想像をしてしまったらしく、硬く強張った顔が蒼白になっていた。
「ねえ……もし、菫姫が異世界に行ってなかったら……今の私たちってどうなってたのかな…?」
 譲は即座にはっと息を飲み、将臣はしばし考えた後で溜息を吐いた。
 弟がかける言葉を必死に探している間に先に動いたのは兄だった。不安と悲壮の混ざり合った顔で立ちすくむ望美との間にできた数歩の距離を躊躇うことなく縮めて、 彼女の頭の上にぽふっ、と手を乗せる。
「んなこと考える必要なんてねぇだろ」
「でも……もし菫姫が私たちの世界に来なかったら、将臣くんも譲くんもいなかったんだよ? 幼なじみじゃなかったかもしれないんだよ?」
「別に……幼なじみじゃなくてもいいだろ」
「へ…?」
 将臣は頭に乗せた手で望美の髪をわしわしと掻き回した。
「そんときゃ俺も譲もこっちで生まれてるって。んで、お前がこっちに来れば、たぶん会えるさ」
「そう…なのかな…?」
「ああ── で、年取ってから孫に聞かせてやるんだ、『私は違う世界から来たんだよ』ってな」
「うーん……まあ、それも悪くない、かな」
 望美の顔から不安が消え、くすっと笑みを漏らす。
 それを見た将臣は満足そうに口角を上げて、彼女の頭の上でぽふぽふと手を弾ませた。
「将臣くんがタフなのは、おばあさんの血を受け継いでるからなんだね」
「そうかもな……ま、とりあえずあいつらに追いつこうぜ」
「うん!」
 仲間たちからずいぶん遅れてしまった二人は並んで歩きだした。

 二人の会話が終わりに近づいた頃、譲は離れてしまった仲間たちを追うべく一足先に歩き始めていた。
 兄は至極当たり前のような顔で、さらりと彼女の不安を取り除く。
 いや、兄の口から出た言葉だからこそ、彼女は無防備に信じて安心するのかもしれない。
 時折出てきた自分の名前は、言い慣れた口癖のようなものであることは想像に難くなく。
 出会い方が変わっても、その後の人生を共に歩むことは二人の間では変わることはないらしい。
 なんとなく思い浮かべてしまった光景にいたたまれなくなった。
 日差したっぷりの縁側でお茶を楽しむ老人と老婆。
 その周りを小さな子供たちがにぎやかに囲んでいて。
 子供たちは皆どこか彼ら二人の面影を持っている──
 後ろからのはしゃぐような二人の声に追いかけられて、譲はぶんぶんと強く頭を振った。
 おそらくあの二人の頭の中にも似たような光景が浮かんでいるに違いない、と思うと噛みしめた奥歯がギリッと軋んだ。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 ををぅ、将望脳だと結構ぽこぽこネタが浮かんで来るもんですな。
 ネガティブ譲のオチは非常に弱いけど…

【2010/01/24 up/2010/02/02 拍手お礼より移動】