■りとるがーる・あふたー 【2:衣食住の『衣』】
幼馴染3人での話も弾む賑やかな朝食の後。
「── やっぱ尼御前には報告しとかなきゃマズイだろうな」
ふいに深刻な顔で将臣が呟いた。
「えっ?
何を何を?」
身を乗り出し、顔を覗き込んできた望美の額をぺちんと叩く。
「お前だよ、おーまーえー」
「私?
……あー、そうだよねー」
元々無人島だったこの島で、見たこともない人間がひょっこり顔を見せれば一体どこから来たのかと詮索されるのは明白である。
元の世界に帰れるらしい期日まで、あと1年。
身を隠し続けるには長すぎる。
もしかすると戦場で望美の姿を見たことがある者がいる可能性もある。
平家の邸で見かけた者もあるかもしれない。
『源氏の神子』だったという素性がもしも知れてしまったら、望美はここにはいられない──
だがその頃彼女は幼い子供の姿だったから、その点に関しての心配は無用なのかもしれないが。
「……兄さん、そろそろヒノエが来る頃だろ。
その船で来たってことにすればいいんじゃないか?」
「おっ、さすが譲!
頭いいなー」
「……そういう誉められ方しても嬉しくないけどな」
板切れを繋ぎ合わせて作った不格好な卓袱台の上から重ねた皿を持ち上げて、譲は苦り切った笑みを浮かべて厨へと引っ込んだ。
「── それはそうと将臣くん」
「んあ?」
「とりあえず私の着るもの、どうにかならないかな?」
現在望美が身につけているのは、将臣が寝る時の掛布に使っている使い古した着物である。
さすがに彼女も年頃の女の子、こんな格好では外に出る以前の問題なのだろう。
「あー、んじゃちょっと待ってろ。
何か見繕ってくるわ」
よっこらせ、と年寄りめいた掛け声ひとつ、将臣は立ち上がり、部屋を横切ったところでふと足を止めた。
「── だが、白龍も薄情だよな。
なにも素っ裸で放り出さなくても、せめて町娘の格好くらいさせてくれててもよかったんじゃねえの?」
「……将臣くんのせいだもん」
望美は体育座りの膝の上に顎を乗せ、拗ねたように唇を尖らせる。
「はぁっ !?
なんで俺の──」
「本当なら全部準備ができた時に『さあ将臣くん、いざ元の世界へ!』って颯爽とカッコよく登場する予定だったのに」
「……なんだよ、それ。
望美、頭大丈夫か?」
将臣は戸口の柱に凭れ、意地悪くニヤリと笑った。
「だーかーらーっ!
……私たちって、元々この世界の人間じゃないでしょ?
私たちがいなくなって初めて、この世界は正常になるんだよ」
「まあ……そうなんだろうな」
「龍脈が整って、龍脈の一部になってた私が『私』に戻って、私たちが元の世界に戻る、っていうのが最終仕上げだったの。
なのに将臣くんが無理矢理連れ出すから、着る物まで間に合わなかったんだもん」
ぷいっと顔を背け、片方の頬を膝に押し付けている。
見えている方の頬はぷくっと膨らんでいて。
まるっきり拗ねた子供だ、と将臣は思わず吹き出した。
柱から背を離し、部屋を逆戻りして望美の横にドサリと腰を下ろす。
肩に手を回して、ぐいっと引き寄せた。
「そりゃ悪かったな」
「── でも、いいよ…………将臣くんに一年早く逢えたから」
倒れ込みながら胸元にぎゅっと縋りついてくる望美の身体を受け止めて、あやすようにそっと抱き締める。
「……そうだな。
着るもん1枚で済むんなら、早く逢えたほうがずっといい」
厨から『兄さん、早く先輩の服を用意してこいよ!』と怒鳴る声が聞こえ、将臣は苦笑しながら腕を放して望美の目尻に浮かんだ涙をそっと指で拭ってやった。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
ラストで現れた望美さんはなぜ素っ裸だったのか。
そんな疑問にお答えする第2話(笑)
あんまり答えになってない気もするけど。
【2010/08/30 up/2010/09/07 拍手お礼より移動】