■闘う者たち 〜番外編〜 【残されし者たち の巻】 将臣

 支えを失った望美の身体が、望美自身が作り出した血溜まりの上へと落ちた。
 ドサッという音にピチャッという水音が混じり、赤い滴が跳ねた。
 それを見ていた周りにいた者たちは思わず顔をしかめた。
「望美…っ、どうして…っ」
 血に汚れるのも厭わず横たわる望美の傍にひざまづいた朔が、血の気を失った望美の頬を撫でながら、はらはらと涙を零した。
 駆け寄った仲間たちはそれを丸く囲み、それぞれが深い悲しみの中にいた。
「だが…… 将臣は…?」
 ぽつりと呟いた九郎の一言を聞いて、たった今目の前で消えた八葉の一人のことに初めて気付いたかのように、皆がハッと息を飲んだ。
「将臣は── 時空を越えたよ」
 後方からの声に、皆が一斉に振り返った。
「白龍…?」
 そこに佇む白龍の顔は、意外なほどに穏やかだった。
 誰もが『こんなときに』と眉をひそめるような、落ち着いた表情だった。
「── 将臣は神子を救いたいと願った。だから私はその願いを叶えた」
「だから将臣くんを望美さんが生きている時空へと送った、ということですか…? 過ちを繰り返さないために?」
 問いただす弁慶に、白龍は静かに頷いた。
「…… 将臣殿は生きている望美に会えるのかもしれない。けれど、私たちの目の前にいる望美は……っ!」
 朔の目からは涙がどっと溢れ、その後は言葉にならなかった。
 この時空の望美は死んでしまった── それは紛れもない事実だった。
 白龍はふっと小さく微笑むと、静かに目を閉じた。
 それと同時に、目を焼くような強い光と、吹きつける一陣の風。皆は思わず顔を逸らして目をぎゅっと瞑った。

 そして、風と光が治まった時。
「─── あれ? みんなどうしたの?」
 ギョッとした皆が、声のした方に一斉に目をやった。
「私どうして寝転がって…… あれ、なんでびしょ濡れ? やだ気持ち悪い── え゛、真っ赤… もしかして血っ !? やだもう、なにこれっ !?」
 身体を起こし、血溜まりの中にペタリと座った望美が、自分の身体を眺め回しながらぶーたれていた。
「のっ、望美っ !?」
「望美さんっ !?」
「神子…っ !?」
 いろんな声が見事にハモった。
 復活した望美に、皆が喜びと安堵の混じった息を漏らす。
 直後、『八葉マイナス将臣』の七葉たちは白龍の襟首掴んで部屋の隅へと引っ張っていった。
「どういうことなんだ、白龍!」
 拉致られた白龍は部屋の角に追いやられ、それを皆が取り囲んで小声で問い詰める。別の時空で見る人が見れば、カツアゲ真っ最中にも見えただろう。
「零れ落ちた神子の命を再び紡ぎ合わせた。力の満ちた今の私には雑作もないことだよ」
「満ちた龍神の力…… すごいものですね」
 少し怯えた白龍の答えに、弁慶がフッと笑みを漏らした。
 それを合図に、皆の顔が一斉に望美の方に向く。
 場所を移して朔に手ぬぐいで手足を拭いてもらいながら笑っている望美の姿。
 姉妹のように仲のよい微笑ましい二人の姿に、7つの顔がふにゃ〜とだらしなく緩んでいった。
 しばしの後、再び7つの顔はガバッと一斉に白龍の方へと向き直る。
「そんなことができるんなら、どうして将臣を別の時空とやらへ送ったんだい?」
 ヒノエが眉根を寄せて小声で訊いた。白龍は少し考えた後、
「それは…… 将臣が願ったから。神子のための願いだったから── だから叶えた。それに──」
「それにっ ??」
 言いよどんだ語尾に、七声のハーモニーが一斉に食いついた。
「それに…… その方が皆も喜ぶと思ったから」
 ギクリ、と音がしたような気がした。7人はカキーンと凍った。

 勝浦でのこと。
 望美はこっそり将臣と怨霊退治に行ってしまったのだ。
 その上、『連れのガキが望美を気に入って離さないから、一晩借りるぜ』という文が届いた。
 その夜、望美の不在に落ち着かない夜を持て余した七葉たちは、酒に助けを求めた。
 もちろん望美の将臣に対する気持ちは知っていた。だからこそ、七葉たちは自分の中の望美に対する特別な気持ちを抑えていたのだ。
 しかし、酒が進むにつれ、感情は昂ぶっていく。今頃どこで何をしているやら。
 当然、怒りの矛先は将臣へと向けられた。
 そして、一晩中繰り広げられた『将臣テメーコノヤロー望美に何かしたら許さんぞゴルァ』的な会話を、 白龍は静かにお茶をすすりながら聞いていたのだ。

「だからって、いくらなんでもそれは将臣くんが気の毒じゃないのかな〜」
「第一、将臣殿がいないと知ったら、神子が悲しむと思うが……」
 景時と敦盛のセリフの後で、誰かが『クッ』と笑った。
 キョロキョロと辺りを見回す七葉たち。
 いつの間にか、白龍を取り囲む七葉たちの後ろに知盛が立っていた。どうやら彼らの密談に耳をそばだてるべく、近づいていたらしい。
 知盛は七葉たちの顔をぐるりと見回すと、もう一度クッと笑ってスタスタと望美の方へと歩いていった。7つの顔が見事に揃ってその動きを追った。
「あ、知盛。来てくれてたんだ〜」
 固まった血でゴワゴワした髪を無理矢理指で梳きながら、嬉しそうに笑う望美。その笑顔に7人分の殺意が一斉に知盛の背に突き刺さった。
「有川は… もう『この時空』とやらにはおらぬそうだ…… どうする、源氏の神子…?」
 そう言うと、知盛は望美を見下ろしながら口の端に笑みを浮かべた。
 望美はキョロキョロと辺りを見回すと、不思議そうに小首をかしげた。
「有川…? やだなぁ、譲くんならそこにいるじゃない。ほら、知盛の後ろ」
 さすがの知盛も驚きを隠せなかった。望美が指差すままに振り返ると、譲を含めた七葉たちの口をぽか〜んと開いたマヌケ面が並んでいた。
 7つの顔がブンッと音を立てて一斉に白龍に向く。それぞれに『どういうこと !?』と顔に書いてあるが、驚きのあまり声が出ていない。
 白龍はその無言の詰問を察したのか、
「… 将臣の存在しない時空で紡ぎ合わせた命だから……… 今の神子の心の中に、『有川将臣』は存在しない」
「ええぇぇぇぇぇっ !?」
 またまた七声が見事にハモった。
 『ラッキー!』
 『チャンスっ!』
 『ナイス白龍!』
 『白龍グッジョブ!』
 最有力ライバルの消滅に、そんな思いが七葉たちの中を一瞬にして駆け巡った。
 …… といっても、このままの言葉で喜んだのは譲くらいのもので、他の者はそれぞれ自分の言葉でほくそえんだ。
 皆が皆、白龍を背骨が折れるほど抱きしめたかったに違いない。
 ニンマリ笑う7人の身体から、どす黒いオーラが立ち昇ったような気がした。

 ところが。
「クッ…、こういうのを『らっきー』と言うのだろうな……」
 そこにはもう一人いた── 将臣直伝・カタカナ言葉を解する男、平 知盛──。
「荼吉尼天は消えた…… 全て終わったようだな……。約束は守ってもらうぞ…、源氏の神子」
「約束…?」
 望美は顎先に指を当てて、記憶を手繰るように視線を宙に泳がせた。
「あ、もしかして…… 対決?」
「ここで始めても… いいんだぜ?」
 知盛はニヤリと笑って、剣の柄に手をかけた。
 望美はひょいと立ち上がると、腕を組んで首をひねった。
「んー、なんか考えてたことがあったような、なかったような…………… ま、いっか」
 それを了承と取ったのか、知盛が剣をカチャリと抜きかけた。
「あーっ、ちょっと待って! さすがにここじゃマズイでしょ? それに、着替えもしたいし」
 血に染まった単の袖をプラプラさせる望美に、朔が「着替え、手伝うわね」と微笑みかける。
 望美と知盛の間に交わされている会話はとんでもない内容だというのに、望美の復活がよほど嬉しいのか、朔は上機嫌だった。
「うん、お願いね」
 女二人の和やかな会話に知盛はふん、と鼻で笑って、抜きかけた剣を収めた。
「それからもうひとつ」
 なんだ?とばかりに知盛は片眉を上げた。
「対決終わったら、何かおいしいものご馳走してよね」
 にっこり笑う望美。
 知盛の顔に一瞬浮かんだ驚きは、すぐに苦笑へと変わる。
「── いいだろう。… ただし、お前が俺を満足させてくれたらな……」
「了解っ! じゃ、行こっか」
 元気いっぱいにそう言うと、望美は知盛の腕を引っ張り、朔を伴って部屋を出て行った。

 そして、再び取り残された七葉たち──。
 敗北感に打ちひしがれ、ガクンと膝から崩れ落ちる。
 その動きは、事前にリハーサルでもしていたかのように7人綺麗に揃っていた。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 『闘う者たち』番外編第2弾です。
 望美が命を落とし、将臣が去った時空はどうなってるのかな、と考えた妄想でございます。
 んー、途中まではギャグにするつもりなんてなかったんだけど。
 恋する乙女の部分が消えた望美に残ったのは『獣神子』の部分だけだったという(笑)
 7人が黒オーラ発してますが、一番黒いのは白龍だと思う(笑)
 この時空では知盛の一人勝ちってことで。

【2006/04/25 up】