■闘う者たち 〜番外編〜 【知盛 in 遊園地 の巻】
「絶叫マシーン対決っ! 先に悲鳴を上げたほうが負けっ! いいわねっ !!」
胸元に降りてきた安全バーを握り締めつつ、知盛の鼻先にビシッと人差し指を突き付けている望美。
その指先を見つめながら、知盛はフッと冷笑を零した。
さっき下から見ていたが、ただこの乗り物に座っているだけ。疾駆する馬を御するのに比べれば何ということはない。
知盛はそう思っていた。
「クッ……、いいだろう…。悲鳴を上げたら負け、だな…?」
口の端を上げてニヤリと笑う知盛に、望美も負けじと小憎たらしい笑みを浮かべた。
しかし知盛はふと我に返る。
こんな遠い世界にまできて、自分は何をやっているのだろうか。
そもそも隣に座っている獣のような眼を見せる女と剣を合わせたかったからではないのか。
そう思うと、なんとなく今の自分が馬鹿らしくなってくる。
自然と表情も険しくなった。
そして、けたたましいブザーの音が辺りに鳴り響いた。
三人と、その他大勢の客を乗せたコースターが静かに滑り出す。
下を走るレールは徐々に傾斜を増していき、カタンカタン、と規則正しい音を響かせながらコースターはその傾斜を昇っていった。
止まるか止まらないかの速さで最初に迎えた頂上。
広がる景色に眼を細めた。
いつもなら遙か上を見上げる四角い大きな建物が、細工物の玩具のように小さく眼下に建ち並んでいた。
「ほぅ……」
知盛にはまだ笑みを浮かべる余裕があった。
直後。
「うっ…!」
突然襲ってきた『落ちる感覚』に知盛は小さく呻いた。
口から手を突っ込まれ、内臓を直に押さえつけられるような感覚。
朝食に出された目玉焼きが胃から逆流してきそうだった。
そのうち身体は遠心力で右へ左へと振り回された。それに合わせるように内臓が捏ね回されるような激しい不快感が襲ってくる。
顔に吹き付ける風に瞑った目を無理矢理開けて、隣に座っている望美にチラリと視線を送る。
望美は笑顔満開で両手を揚げて、『きゃー楽しーいっ!』とはしゃいでいた。
(……嘘だろ)
こんなものが楽しいものか。
知盛が心の中で毒づいた時、ジェットコースターはループに差し掛かった。
天地が回り、内蔵が口から飛び出しそうな感覚に、知盛の思考の中から望美の存在が消えた。
気がつくと、ガヤガヤと人の声が聞こえていた。
知盛が目を開けると、すでにコースターは止まっていて、後ろの乗客たちが降り始めていた。
「大丈夫?」
心配そうに覗き込んでいる望美と目が合った。
「どう? 怖かったでしょ?」
「フン…、この程度……」
ニヤリと笑う望美を鼻で笑って立ち上がる。
「えーっ、つまんなーい。絶対悲鳴上げてくれると思ってたんだけどな〜」
「バーカ、こいつがキャーキャーわめき散らすと思ってたのか?」
「あ、それもそっか」
先にホームに降りた望美と将臣が楽しそうに笑い合っていた。
屈辱に知盛の顔が歪む。
「けど勝負は引き分けだよ── ね !?」
望美の目が驚きに見開かれた。
ホームに降り立った知盛の膝がカクンと折れたのだ。
そこは戦で鍛えた身体のおかげか、なんとか踏ん張って倒れることだけは免れたが、よろめいてたたらを踏んでしまった。
知盛の視界の端に、顔を見合って吹き出すのを堪えている二人の姿が見えた。
あまりの悔しさに、知盛は奥歯を噛みしめた。
知盛は一歩踏み出して歩けることを確認すると、二人の横をすり抜けて、ジェットコースター乗り場から離れた。
知盛が近場にあったベンチにドサッと座り込むと、遅れて望美と将臣が追いついてきた。
「ね、ちょっと早いけど、お昼にしない?」
「そうだな、混む前に済ませるか」
「知盛は何がいい? 知盛の食べたいものでいいよ」
勝手に話を進めながらひょいと顔を覗きこんでくる望美から、不機嫌な顔をプイとそむける知盛。
正確には不機嫌なのではない。
いまだのたうち回っている内臓が食べ物の話を拒否しただけのことだ。
「んじゃ俺たちメシ食ってくるから、お前はここでしばらく休んでろよ。しばらくしたら迎えに来るから」
将臣はそう言うと望美の手を引っ張って歩き出した。肩越しに振り返りながら『動いたら迷子になるぞ』と一言、
ニヤリと口元に笑みを浮かべることも忘れない。
「チッ…」
優越感に浸った将臣の笑顔に向けて苦々しく舌打ちすると、知盛はベンチの背もたれにぐったりと背中を預けた。
二人の姿が人ごみに紛れた後、知盛はふぅと大きな溜息を吐いて空を仰いだ。
(…… あんなものが楽しいとは、この世界の人間はおかしいのか? ── ああ)
何かをひらめいたように、知盛は身体を起こす。
(── こうやって心身を鍛えていたからこそ、あのように臆することなく戦えたのか)
以前、望美が言った言葉を思い出した。
『声も出せないくらいの恐怖を味わわせてあげるから』と。
確かにその通りだ、と知盛は納得したように苦笑を浮かべ、満足そうに再びベンチに深く身体を沈めた。
こうして、いろんな誤解を生み出しつつ、知盛は遊園地デビューを果たしたのだった。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
『闘う者たち』番外編です。
ちょっとヘタレな知盛をどうぞ(笑)
きっと知盛はこの後、『心身を鍛える』とか言って絶叫マシーンマニアになっているかもしれない。
ちなみに、あたしは絶叫マシーン苦手です(笑)
【2006/4/25 拍手お礼up/2006/5/3 サイト再掲】