■闘う者たち【18】 将臣

(── 将臣くんは、何を言おうとしたんだろう……)
 大倉御所の一室で、政子のお出ましを待ちながら、望美は難しい顔で考え込んでいた。
『全部終わるまで絶対に目を離すな。でないと──』
 苦い顔で言いよどんだ将臣の言葉の続きがずっと気になっていた。
(何か含みがある感じなんだよね。私が時空を越えて、これから起こることを知ってるときみたいに──)
 政子の方から呼びつけておいて── 弁慶の策略の一部ではあったが──、もうずいぶん待たされている。 待っている時というのは、つい思考を巡らせてしまうのは仕方のないことなのかもしれない。
(でも、将臣くんは逆鱗を持ってないんだから、時空を越えるなんてこと──)
「── 望美? 大丈夫?」
 横に座っている朔に声をかけられて、望美の思考はそこで止まった。
「え…? あ、うん、大丈夫だよ」
「緊張するのも無理はないわ。大丈夫、兄上たちが上手くやってくれるから」
 そう言って微笑む朔に『別のこと考えてました』とも言えず、望美は思わず苦笑した。
(──とにかく、気を引き締めなきゃ)
 望美は座りなおし、背筋を伸ばした。

 その後は、前の運命とほぼ同じように進んだ。
 青ざめた顔で姿を現した政子に、望美はこれまでの数々の武勇伝を聞かせた。
 和やかとも言える部屋に現れた景時たち。
 景時の唱える真言に正体を暴かれ、悶え苦しむ荼吉尼天──。
 光の壁の中でもがきながら足元から消えていく荼吉尼天を見つめながら、終わった、と思った。
 ─── あとは消え去るのを見届けるだけ。
 その時、後ろから乱れた足音が聞こえてくるのに望美は気づいた。
 思わず振り返ろうとしたが、ふいに将臣の言葉が頭を過ぎる。
『最後まで気を抜くな』
 望美はこくりと唾を飲み込むと、もがき苦しむ荼吉尼天を見据え、手は自然と腰に下げた剣の柄にそっと添えられた。
「まだ……白龍の……神子を……喰らえば……」
 光の壁の中から凄まじい形相で睨んでくる荼吉尼天のあまりの執念深さに、望美の顔は険しさを帯びた。

 その時、キンッと頭の奥を刺すような耳障りな音が辺りに響いた。
 痛みを感じたような気がして、望美は小さく呻いて目をぎゅっと瞑ってしまった。
 何かにすがりたくて、思わず剣の柄を握り締めた。
 直後、望美は横からぶつかってきた何かに吹っ飛ばされ、ガンッと大きな音を立てて床に転がった。
 目を開ける暇もなかった。
 不思議と身体に痛みが襲ってくることもなく、横向きに床に転がったまま恐る恐る目を開けると、そこには剣を振り下ろした格好の知盛が立っていた。
「……え…? 知盛……?」
 そしてその向こうでは、ちょうど荼吉尼天が切り落とされたやたら長い腕と共に消えていくところだった。
「ふぅ…、間一髪だぜ」
 頭の後ろから聞こえた声。
「えっ !? ま、将臣くんっ !?」
 望美はガバッと身体を起こして振り返ると、そこには確かに将臣がいた。
 さっき『横からぶつかってきた何か』は将臣だったのだ。
 荼吉尼天の最後の一撃が望美に迫る直前、将臣は前の時空で見た悲劇から望美を救い出し、知盛が伸ばされた荼吉尼天の腕を斬り落としたのだった。
 転がった時に床にしこたま身体を打ちつけたのだろう。将臣はゴロリと転がり仰向けになると「身体痛ぇ」と呻いた。
 道理で望美はどこも痛みを感じなかったはずだ。将臣に抱きすくめられるようにして守られていたのだから。
「将臣くん大丈夫っ !?」
「── 大丈夫 !? じゃねぇよ…… ったく、あれだけ気ぃ抜くなって言っただろうが」
「気抜いてなんてないよ! ただちょっと目つむっただけで──」
「目離すな、とも言ったはずだぜ?」
「あぅ……」
 望美は返す言葉もなく、ぺたりと座ったまま、背中を丸めて小さくなるしかなかった。
 将臣はイテテと顔をしかめながら、ゆっくりと身体を起こすと、望美の頭の上にそっと手を乗せた。
「ま、お前が無事なら、それでいいさ」
 将臣の笑顔に、望美の顔にも笑みが広がった。
「これで…… 全部終わった… んだよね?」
「だな── よく頑張ったな、望美」
 ぐしぐしと頭を撫でる将臣の手をそっとどけると、望美は頭をぶんぶんと横に振った。
「私だけじゃ何もできなかったよ…… みんなが助けてくれたから── ありがとう、将臣くん」
 望美はすっくと立ち上がり、仲間の方へ身体を向けた。
「知盛、協力してくれてありがとう─── それから、みんなも── 本当に、本当にありがとう!」
 望美は深々と頭を下げた。他の者には見えなかったが、その目にはうっすらと涙が滲んでいた。

 そして数日後。
 京・神泉苑にて、源氏と平家の間に和議が結ばれ、戦は終結した。

*  *  *  *  *

「──で、どういうことなんだ?」
 異世界に行く前の姿に戻った将臣が、眉根を寄せつつ望美の耳元で訊いた。
「だって、あの時とっさに思いついたのが『これ』だったんだもん」
 佇む三人の目の前を、轟音と悲鳴がものすごいスピードで通り過ぎた。
 異世界の平和を見届け、仲間たちとの別れを惜しみ、この世界に戻ってきて数日が経つ。
「『声も出せないくらいの恐怖を味わわせてやるから覚悟しろ』ってヤツか?」
「うん。だって、向こうの人ってこういうの知らないから、すごく怖いだろうなって。剣を使わない平和的対決?」
「で、『これ』か? だいたい、なんであいつがこっちに来るのが前提なんだよ?」
「前提にしてたわけじゃないけど、ついて来ちゃったんだからしょうがないでしょ。…… いざって時は白龍にお願いして引き取ってもらう、とか?」
 そう言って望美は首にかかった組紐を摘み上げると、白く輝く龍の鱗がゆらりと揺れた。
「あのなぁ……… お前、後先考えてなかったろ?」
「うっ……、え、えへへへへ……。ま、まあ、いいじゃない。せっかく来たんだから楽しもうよ。ね?」
「ったく、笑ってごまかすな。…… こっち戻ってまであいつの面倒見なきゃなんねぇのか。恨むぜ、望美」
 望美の顔を軽く睨むと、将臣は屈めていた腰を伸ばして視線を移した。
 その先には、天空を駆け昇る龍神の如くうねるレールを物珍しそうに見上げる知盛の姿があった。
 視線に気付いたのか、知盛がゆっくりと振り返り、ニヤリと笑みを浮かべた。
「さて……、神子殿はいつになったら俺の相手をしてくれるんだ…?」
「だから、今日一日たっぷり相手してあげるわよ。ふふっ、覚悟しなさい!」

 ── 数分後。
「……………… 何だ… これは?」
「だって私、『剣の相手』なんて一言も言ってないよ? 絶叫マシーン対決っ! 先に悲鳴を上げたほうが負けっ! いいわねっ !!」
 望美は胸の前の安全バーに掴まりながら、人差し指をビシッと知盛の方へ突きつけた。
 そして。
 嬉々とした笑顔の望美と、
 呆れ果てて半分他人の振りをしている将臣と、
 不満げに口をヘの字に歪めている知盛と。
 スタートを知らせるブザーの音と共に、三人を乗せたジェットコースターが静かに滑り出した。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
『闘う者たち』、ついに完結でございますっ!
足掛け半年の連載…… うわー、結構長くなっちゃったなー。
内容薄いけど。
最初は読みきりだったのになー。
BBSや拍手コメントで応援くださった神子様方のおかげで、なんとか書き上げることができました。
意外にたくさんご支持いただいて、おっかなびっくりで書き続けましたが、
楽しんでいただけたなら本当に嬉しいです。
長丁場をここまでお付き合いくださって、本当にありがとうございました。

【2006/04/21 up】