■コタツ DE ミカン 【将臣編】 将臣

 冬といえば、コタツ。
 コタツといえば、ミカン。
 なんとなく、この組み合わせは「冬の風物詩」という刷り込みがされているような気がする。
 望美はコタツに入って、ファッション雑誌をパラパラとめくりながら、ミカンを頬張っていた。
 向かい側には同じくマンガ雑誌をめくる将臣。よほどおもしろいのだろう、時々声に出して笑っている。
 二学期末のテスト勉強を一緒にしていた二人は、しばしの休憩中であった。
 部屋の中は、静寂と、雑誌のページを繰る微かな音、そして望美が食べるミカンの甘酸っぱい匂いだけだった。

 しばらくの後、望美は何か違和感を感じて、将臣の方に目を向けてギョッとした。
 マンガを読んでいると思っていた将臣が、いつの間にかミカンを剥く自分の手元をジッと凝視していたのである。
「ど、どうかした?」
 将臣はマンガの上に頬杖をつき、未だ望美の手── いや、手の中のミカンの房を見つめている。
「昔から思ってたんだけどな…… お前さ、その白いやつ、無茶苦茶キレイに剥くよな」
「は?」
 確かに、望美は房の外側に付いている筋のようなものを、爪を使って綺麗に取り除いている。その様子は、まるで精密機械を扱うかの如くである。
「だって、これ付いたままだと、口の中気持ち悪くない?」
「ふーん」
 望美はたった今綺麗に掃除し終わったミカンの房を口に放り込んだ。続けて次の房の掃除に取り掛かる。
「そのくせさ、その薄皮は食っちまうんだよな」
「だって、食物繊維が豊富だって聞いたし」
「食物繊維なら、白いやつの方がそれっぽくねぇか?」
「いいの、いやな物はいやなんだから」
 しゃべりながらも、望美の手は止まらず動き続ける。
「ふーん」
「何よ?」
「いや、別に」
 そう言うと、将臣はいつの間にか閉じてしまっていたマンガを開いた。
 望美は訝しげに眉をひそめたが、掃除し終えたミカンを口に入れると、自分も手元の雑誌へと戻っていった。

 数分後。
「望美」
 綺麗になった房を頬張ろうと口を開けたとき、ふいに名前を呼ばれてそのまま停止する望美。
 手元のミカンから視線を落としたばかりの雑誌から目を上げると、口を開いた将臣がその中を指差していた。 固まったままの望美に催促するかのように、手を動かしている。
「もう…。食べるんなら自分で剥けばいいじゃない」
 望美がミカンの房をつまんだ手を名残惜しそうに差し出すと、将臣はニッと笑ってそれに喰らいつく。
 その瞬間、望美の指先を将臣の唇がほんの少し掠めていった。

 ドクン…

 望美の鼓動が、跳ねた。
 同じ顔のパーツでも、鼻を摘まれたり、頬を引っ張られたり、そんなことはしょっちゅうだった。
 けれど、唇は─── そういえば、触れることも、触れられることも、ない。
 望美の意識が、まだ感触の残る指先へ集中する。
 当の将臣は、口をモグモグさせながら、何事もなかったかのようにマンガを読んでいる。
 頭の中はパニックだった。それこそマンガのひとコマによくある、 「頭の上をミニサイズの自分が慌てふためきバタバタと駆け回っている」という感じだろうか。
 体中が沸騰して、全身から変な汗が出ているような気がした。
 将臣がマンガからチラリと視線を上げたのにもまったく気付いていない。
 望美は自分がまだ手を差し出したままの格好で固まっていたことにはたと気付いて、んんっ、と妙な咳払いをすると、 再びミカンの皮を剥き始めた。

 望美の心臓はまだバクバクしていた。
 それを隠すかのように、ひたすらミカンを口に運ぶ。
 しかし、ミカンの甘さも酸っぱさも、望美の舌はまったく感じていなかった。
「お前、よく食べるなぁ。何個目だ、それ?」
 将臣の声に意識を引き戻され、手元を見れば、目の前には7枚ほど重ねられたミカンの皮。
「え、えと… な、7個目…?」
 プッと将臣が吹き出す。
「なんで疑問形なんだよ」
「さ、さあ…」
 望美は困ったように小首をかしげた。
 そういえば、満腹に近い。ふっくら艶やかLLサイズのミカンを7個も食べれば、腹も膨れるはずだ。
 手に持っているひと房は、7個目のラストのようだった。
 望美は、我ながらよく食べたなー、などと思いつつ、そのひと房を口に入れた瞬間──
「ストップっ!」
 突然の将臣の声に、反射的に身を硬くした。
「そのまま動くんじゃねぇぞっ!」
 鬼気迫る将臣の様相に、望美はミカンをくわえたまま、何故か手がゆっくりとホールドアップの形になる。
 すると、将臣がコタツから這い出して、立ち上がった。
「????????」
 望美の頭上に「?」が舞う。
 直後。
 望美の前に何かがふわりと降りてきて、
 望美の唇に何か柔らかな感触が生まれ、
 その感触が消え去ると同時にくわえていたはずのミカンも消え去っていた。
 何が起きたのか訳がわからずにポカンとする望美。
「さ、そろそろ勉強再開しようぜ」
 そう言ってコタツの上の雑誌を片付けている将臣を見れば、モグモグと動くその口元。
 今、自分に何が起きたのか、やっと理解した望美の顔が真っ赤に茹で上がった。
「わわわわわわ私っ、て、手っ、洗ってくるねっっ!」
 声が見事に上ずっている。
 ミカンの皮をくしゃりと掴むと、望美は部屋を飛び出した。
 途中、ゴミ箱を蹴り倒し、家具の角を蹴り飛ばしながら。
 後ろから将臣が笑いながら声をかけてきたような気がしたが、それどころではない。
 望美は後ろ手にドアを閉めると、それに寄りかかった。跳ね上がる心臓を鎮めようとしても無理だった。
 そのままズルズルと滑り落ちて、ぺたんと座り込んでしまった。
 大きく深呼吸すると、聞こえていなかったはずの後ろからかけられた将臣の声が頭の中でリフレインする。

『望美ー、次はミカンなしでなー』

 これじゃ今回のテストは諦めなきゃいけないかな、などと考えている冷静な自分を頭の片隅に感じながら、 嬉しさと恥ずかしさに踊りだしてしまいそうな自分を抑えるため、望美は手の中のミカンの皮をギュッと握り締めた。
 手元からふんわりと立ち上ってくる甘酸っぱいミカンの匂いに、望美は優しく包まれているような気がしていた。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 「初めてのキスはレモンの味」ならぬ、「初めてのキスはミカンの味」(笑)
 まだ冬には早いですが、先日、今シーズン初ミカンを食べてる時に浮かんだお話です。
 望美のミカンの食べ方は、まんまあたしの食べ方だったり。
 途中から(最初から?)展開が見え見えですね(笑)
 ありがち話ですんません。
 幼なじみ以上恋人未満な二人のバランスは、こんな何気ない一瞬に崩れてしまうのかな、と。
 なに? 何気なくない? … どうも兄貴の策略だったようで(笑)
 どんなときも、兄貴には余裕たっぷりでいてほしい、そんな妄想でございます。
 つーか、「コタツ」が全然関係なかったのは、ツッコまない方向でよろちく。

【2005/10/25 up/2005/10/27 改】