■小ネタツイートLog【その2】
現在ツイッター(@yuna_fantasia)にて小ネタツイート垂れ流し中。
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【#11】
邸を訪ねてきたくせに、何故か不機嫌そうに柳眉を顰めている姫君。
どうした、と訊けば、
「……『将来の夢』などと言う時の『夢』と、眠った時に見る『夢』は、どう違うのでしょう…?」
てっきり正体がバレそうになった、とか、危険な目に遭った、とか、そういう類かと思っていれば──
意外な悩みに拍子抜けだ。
「そりゃあお姫さん、『将来の夢』を熱望していればしているほど、夜『夢』に見ちまうのさ」
彼女は露骨に不本意そうな顔になる。
「なんだ、怖い夢でも見たってか?」
「いえ……幼い子が私を母と慕ってくれていて──」
言いながら憂鬱そうに目を伏せる。
「悲しい結末にでもなったのかい?」
「いいえ……皆、楽しそうに笑っていて」
「それならいいじゃねえか。んで、夢ん中のあんたがいたのは、姫路の城じゃなかったか?」
彼女は小さくかぶりを振って、
「さあ……私は姫路のお城を見たことがありませ」
突然言葉を切って、はっと顔を上げて。
さっと朱を刷いた顔を悔しげに歪めて、罰が悪そうに視線を逸らした。
全てを物語っているその行動がなんとも可愛いすぎる。
無遠慮にがばりと肩を抱いて、
「うんうん、そりゃいい夢じゃねえか!」
夢の中の幼子の父親は、きっと己に違いないから。
【#12】
胸元をぐいと押して離れた彼女がキッと睨み上げてきた。
「な……なんなんですか…っ!?」
乱れた息、赤く色づいた頬、潤んだ瞳がやけに扇情的で、回した腕に力を込めつつ再び顔を近付ける。
痛々しく腫れた唇は── 己の仕業だ。
「だ、だから……どうして今日は口付けばかり……」
「んー、望まれてる気がしてなぁ」
「誰にですかっ!」
「誰だろうなぁ」
にやりと笑って、不意打ちで額に軽く口付ける。
もう、と苦笑した彼女の仕返しが唇に届いた。
【#13】
「お姫さん、どうした? 傷めたのかい?」
しきりに腕をさすっているから聞いてみた。
「いえ……あの……秀吉殿の腕はとても逞しいですが…」
「おう、ありがとよ!」
褒められたのが嬉しくて、むき出しの左腕に力こぶを作ってみせる。
「……どんな鍛錬をすれば、そのようになれるのですか?」
瞳の色に甘さはない。彼女はくのいちだから、本気で鍛えたいと思っているのだ。
「どんな、って……あんた、こんな腕が欲しいのかい?」
「はい」
きっぱりとした即答に、心の中で苦笑する。
「── よし、お姫さんにこの腕を貸してやろう!」
「……はい?」
「『こんな腕』が欲しいって言ったよな? 好きなように使ってくれ! 例えば腕枕とか!」
「そ、そういう意味ではありません!」
突き出した腕から目を逸らすその顔は、真っ赤に染まっていた。
【#14】
にゃあ、と聞こえた声に庭に出てみれば、のんびりくつろぐ一匹の猫。
猫は秀吉に気付くと、長い尻尾をゆらりと揺らして近づいて、足元に擦り寄ってきた。
「やけに慣れてるじゃねえか。誰かの飼い猫か?」
腰を下ろせば勝手に膝に上がり込んで丸くなる。
「おいおい、オレの膝はそんなに居心地いいのかい?」
毛並みのいい背中をそっと撫でてやると、手触りはまるで『びろうど』のようだ。
心地よいのだろう、猫は目を細めてゴロゴロと喉を鳴らした。
「おっ、気持ちいいのか? どこを撫でてほしいか言ってみな?」
もちろん答えが返ってくるはずもなく、秀吉は猫の頭やら顎の下やらを撫でてやった。
「うーん、やっぱ背中だな。この丸み、柔らかさ、艶っぽくていいねえ!」
ふと、邸内で物音がしたのに気づいて、じゃあまたな、と膝から猫を下ろして部屋に戻る。
ひょいと廊下に顔を出すと、そこには佐吉がいた。どこか様子がおかしい。
「佐吉、なんかあったのか?」
「い、いえっ……その、桔梗姫がおいでになりまして……」
「お姫さんが? どこだどこだ?」
「あの……たった今、お帰りになりました」
「なんでだよ! 部屋に通してくれりゃよかったのに!」
「よろしかったのですか…? あの、どなたか……女性がいらっしゃっていたのでは?」
「は? オレひとり……だあああっ! 猫! 猫と遊んでたんだよ!」
たった今帰ったのなら、まだ間に合うはず──
きょとんとする佐吉を残し、秀吉は廊下を走る。
「お姫さーーーん! 誤解だーっ! オレはお姫さん一筋なんだって!」
庭先で、にゃあ、と鳴き声がした。
【#15】
姿勢を正し、筆を走らせる。
「なぁ〜、ほたるー」
「……はい」
心遣いへの感謝を込めて。
「ほたるやーい」
「……はい」
さらさら、さらさら。
文字が増えるごとに強くなる墨の匂い。
「── ほたる」
その声音にさっきまでの戯れが消えていて、思わず筆を止めた。
そこには夫の真剣な眼差しがある。
ほたるは思わず眉間に皺を刻んだ。
「……信長様から頂いた文のお返事をしたためる、と申し上げたはずですが」
「ああ、それが気に入らねえ」
「……は?」
「なんで他の男への文を書く奥方殿を、傍で指くわえて見てなきゃなんねえんだっての!」
「他の男って……信長様は秀吉殿の大切な主ではありませんか。あと少しですから、邪魔なさらないでください」
すると、彼はにやりと笑って、顎をしゃくってみせた。
釣られるように手元に視線を落とせば、いつしか手が下がって筆が紙の上に意味のない線を書いている。
「あっ」
「書き直し、だな」
「誰のせいだと──」
文句を言う間に手から筆を取り上げられて、抱き寄せられた。
【#16】
「ふぅ、この暑さは身に堪えるぜ」
「……暑いのは誰も同じです。主がそんな格好では、家臣たちに示しがつかないのでは?」
「だったらみんなこうすりゃいいのさ!」
胸を張る秀吉に、ほたるは眉を顰めてほんのり赤い顔をふいと逸らした。
なぜなら今の秀吉は着物の裾を膝上までたくし上げ、上半身は諸肌脱ぎの状態なのである。
「……とにかく、ちゃんと着てください」
「え〜、着たら暑いってのー。……だったら水浴び! 水浴びしようぜ! そんなら裸でも問題ないだろ? もちろんあんたも一緒にだ!」
「……かえるに変化してもよろしければ」
「えー、それじゃ目の保養にもなーんにもなりゃしねえじゃねえか」
しぶしぶと袖に腕を通す秀吉の前に、冷えた瓜を置く奥方の笑顔があった。
【#17】
後ろから背中をきゅっと掴まれた。
「ん? どうした?」
「っ…………」
何か言いたげな吐息は聞こえたが、その後が続かない。
「あー、あれだ! オレの逞しい背中に抱きついてみたくなったとか?」
「…………………はい」
「!?」
ここでがっついたり揶揄したりしようものなら、彼女の気が変わらないとも限らない。
こんな嬉しい申し出を不意にしてたまるものか。
まだ少し痛みの走る腕を案山子のように上げ広げて、
「── どうぞ?」
と背後に声をかける。
おずおずと伸びてきた細い手が腹の上で交差した。
胴がふんわりと優しく締め付けられる。
「どうだい? オレの抱き心地は?」
「っ!」
息を飲む音。
きっと恥ずかしがり屋な彼女の顔は真っ赤になっているのだろう。
けれど腕を解いて離れることもしない。
「……『してほしいこと』の一つに挙げたのは、秀吉殿ですよ」
「んあ? ……ああ、そんな話をしたこともあったなあ」
「冗談だったのですか…?」
腹の上の彼女の手をぽんぽんとあやすように叩きながら、
「いんや、オレはいつでも本気だったぜ。だが、無理するこたあない。あんたの心に正直に──」
胴に回る腕の力が強くなるのを感じた。
「違いますっ! 私がこうしたいから──」
ぼふん、と背中に顔を埋めたらしい感触。
そんな彼女を振り払うように身を捩った。
くるりと向きを変え、少し傷ついたような呆然とした顔の彼女を正面からがばりと抱き締める。
「あんた、ほんとに可愛すぎっ!」
【#18】
「── ほたるのせいで熱が出たのかもしれねえなあ」
「違います」
ほたるはきっぱりと否定して、濡らした布を秀吉の額にぴしゃりと貼りつけた。
「即答かっ……そこは『今でも燃え上がり続けるあんたへの恋心のせい』ってことにしといてくれって」
「できません。夜はずいぶん涼しくなってきたというのに、お腹を出したまま寝たあなたのせいなのですから」
「はい、おっしゃる通りでございます」
もぞもぞと布団に潜り込んだ秀吉は、拗ねたように身体を丸めて何やらブツブツと呟いている。
だったら布団かけてくれりゃあいいのに、だの、寄り添って温めてくれりゃいいのに、だの、まるで子供だ。
ほたるは溜息をひとつ、
「……布団を何度かけ直しても蹴脱いだのは誰ですか。風邪が完全に治ったら、寄り添って温めて差し上げますから」
「えっ」
布団からひょこりと驚いたような秀吉の顔が飛び出した。
「だから今はゆっくり休んで、早く元気になってくださいね」
と、にっこり極上の笑み。
手桶の水を換えに部屋を出た奥方をしばし呆然と見送った後、秀吉は布団を抱きしめながら悶え転がった。
【#19】
柔らかな日差しはふわふわした眠気を運んでくる。
縁側で庭を眺めながら、秀吉はあくびを無理矢理噛み殺した。
隣にいる日の本一の美姫との談笑中だ、眠ってなんぞいられない。
「── おっ?」
珍しく会話が途切れたと思ったら、姫の頭が微かに揺れた。
「おおおっ!?」
うっすらと笑みを刷いた口元と、静かに閉じた瞼。
あどけない寝顔は美しいというより可愛らしい。
「ふむ……」
忍びが人前で眠りこけるのはいかがなものかと思うが、それだけ自分に気を許してくれているのだろうと考えれば、それはそれで嬉しいことだ。
そっと肩を抱いて引き寄せる。
こんな華奢な体で昼も夜も安土を守っているのだ、疲れないはずがない。
このひと時が彼女の癒しになればいい。
(── 後でくないが飛んでくるかもしれねえけどな)
苦笑して、これ以上の疾しいことを考えないように努力した。
【#20】
賑やかな市の片隅の地蔵の前にしゃがみ込む見知った後ろ姿に、ほたるは足を止めた。
「── おおっ、今日もお務めご苦労様です!
その滑らかな福々しいお顔で安土の平和を見守るのもよろしいが、ぜひとも美しい胡蝶へと戻りて、この秀吉めと逢い引きなど!」
「…………お断りいたします」
「えー、そんなつれねえ……って、ぬおっ! お姫さんっ!?」
振り返りざまに大仰に尻餅をつく。
「なんだー、てっきりお姫さんが化けたお地蔵さんかと思っちまった」
「……姿をお借りしたお地蔵様ですから、似ていて当然です」
「へえ、そうなのか。こりゃお地蔵様、うちのほたるがいつも世話になってます」
パン!と大きな音を立てて手を合わせ、地蔵を拝む秀吉。
「……誰が「うちの」ですか」
秀吉は笑いながらひょいと立ち上がり、当然のようにほたるの肩を抱く。
「よし、じゃあ行こうぜ!」
「……は?」
「逢い引き逢い引き! ここで会ったがあんたの運の尽き! オレにとっちゃこの上ない僥倖!」
「……ふふっ」
思わず笑ってしまったほたるは、肩に回された腕に導かれるように足を進め始めた。
【2014/11/03 up】